今日のフォーカス
「CSVエクスポートが欲しい」という顧客要求をそのまま実装しかけるプロダクトリードが、Jobs to be Doneで要求の奥にある本当の仕事を掘り当て、解決策を選び直す(Q1)。与信モデル切り替えを巡り3週間停滞した意思決定を、RAPIDで「誰が推薦し・誰が合意し・誰が最終決定するか」の役割を明示して打開するVP(Q2)。AI時代のエンジニア評価制度を巡り、価値観の異なる3派が対立するCEOが、Wicked Problemの視点で「一発で完璧な制度を設計する」という発想そのものを手放し、継続的な対話と試行に切り替える(Q3)。PM/CTO移行期に問われる「答える前に、何を・どう・そもそも何を決めるべきかを設計する」メタ規律を3問で鍛える。
Jobs to be Done
顧客の要求(Solution)ではなく、その奥にある「片付けたい仕事(Job)」を機能的・感情的・成功指標の3層で掘り当て、解決策を選び直す。
RAPIDフレームワーク
Recommend・Agree・Perform・Input・Decideの役割を関係者ごとに明示し、「誰もが拒否権を持つ」ように見える停滞を、役割の設計で解きほぐす。
Wicked Problem
技術的に一発で解ける「Tame Problem」と、関係者ごとに問題の定義自体が異なる「Wicked Problem」を区別し、後者は解決ではなく継続的な調整で扱う。
大口顧客(従業員800名の製造業)の情報システム部長から、カスタマーサクセス経由で「経費データをCSVでエクスポートできる機能を追加してほしい。最優先でお願いしたい」という要望が届いた。プロダクトバックログにはすでに類似の要望が3件溜まっており、あなたはこの四半期のロードマップにCSVエクスポート機能を組み込むかどうかの判断を迫られている。開発工数は見積もりで3週間。しかし、あなたは念のためカスタマーサクセス担当に「なぜCSVが必要なのか、顧客に聞いてもらえないか」と依頼した。返ってきた答えは「毎月末、経費データを社内の別システム(会計システム)に手作業で転記するのに、画面から一件ずつコピーしていて時間がかかりすぎる。CSVがあれば一括で取り込めるはず」というものだった。
- Jobs to be Done(JTBD)の考え方に基づき、この顧客が本当に「雇いたい仕事(Job)」は何か。「CSVエクスポート機能が欲しい」という要求(Solution)と、その奥にあるJobを区別して言語化せよ
- 「CSVエクスポート機能をそのまま3週間かけて作る」という対応が、Jobの解決として不十分・不安定になりうる理由を、Jobの構造(機能的Job・感情的Job・成功の指標)の観点から説明せよ
- このJobを起点に、CSVエクスポート以外にどのような選択肢がありうるか、開発コストとJobの解決度の両面から比較し、あなたの推奨案を提示せよ
① 本当のJobの言語化
② CSVエクスポートが不十分・不安定な理由
③ 選択肢の比較と推奨案
| 選択肢 | 開発コスト(目安) | Jobの解決度 |
|---|---|---|
| A. CSVエクスポート機能(顧客要求どおり) | 3週間 | 中(手作業コピペは減るが、会計システムへの再入力の手間は残る。ミス削減効果は限定的) |
| B. 主要な会計システムとのAPI連携・自動同期機能 | 6〜8週間(対象システム次第で変動) | 高(転記作業自体をなくし、ミスも構造的に削減。感情的Jobにも直接効く) |
| C. まず他要望3件も含めてヒアリングを行い、Jobの共通性を確認したうえで機能範囲を決定 | 1週間のヒアリング+設計後に本開発着手 | 未確定だが、投資対効果を最大化できる可能性が高い |
実践への応用
実務・キャリアへの展開
- プロダクトマネジメント全般:「顧客の声(VoC)」をそのまま機能要件化するのではなく、Jobまで掘り下げてから解決策を選び直す規律は、機能の乱立とロードマップの局所最適化を防ぐ。
- エンジニアリングリードの意思決定:見積もり工数だけで優先度を決めず、「このJobをどれだけ確実に・どれだけ多くの顧客に対して解決するか」という軸を加えることで、実装コストとビジネスインパクトの両方を踏まえた判断ができる。
- グローバル文脈:異文化間では要望の伝え方(直接的か婉曲的か)が異なるため、「言葉どおりの要求」と「奥にあるJob」の乖離が特に大きくなりやすい。JTBDのヒアリング型の問いは文化を問わず機能する。
新しい与信スコアリングモデルへの切り替えを巡り、意思決定が3週間停滞している。プロダクトチームは「承認率が8%改善する」というデータを根拠に即座の切り替えを推している。リスク管理部門は「新モデルの貸し倒れ率への影響が3ヶ月分のデータでは検証しきれていない」と慎重姿勢を崩さない。法務・コンプライアンス部門は提携銀行との契約上、モデル変更に事前通知義務があるかもしれないと指摘するが、まだ正式な見解を出していない。あなたはCEOから「エンジニアリング側で進めてほしい」と言われているが、誰が最終的に決定権を持つのか、誰の合意が必須なのか、誰が単に意見を述べる立場なのかが、これまで一度も明文化されたことがない。結果として全員が「自分こそが止める権利を持っている」と考えて動けなくなっている。
- RAPID(Recommend=推薦する人・Agree=合意が必須な人・Perform=実行する人・Input=意見を提供する人・Decide=最終決定する人)の各役割を、この意思決定における関係者に割り当てよ
- なぜ「誰が合意(Agree)を持つか」を事前に明文化しないまま議論を進めると、全員が拒否権を持っているかのように振る舞い、意思決定が停滞するのかを説明せよ
- RAPIDの役割設計を踏まえ、あなたがVPとしてこの3週間の停滞を打開するために、次に取るべき具体的な進め方を提案せよ
① RAPIDの役割割り当て
| 役割 | 該当者 | 理由 |
|---|---|---|
| Recommend(推薦) | プロダクトチーム+エンジニアリングチーム(共同) | データに基づき「切り替えるべき」という具体案を作成し提案する立場 |
| Agree(合意必須) | リスク管理部門、法務・コンプライアンス部門(契約上の通知義務が確認された場合のみ) | 貸し倒れ率の悪化は事業存続リスクに直結し、規制業種として法的義務違反は致命傷になりうるため、拒否権を持たせる正当な理由がある |
| Perform(実行) | エンジニアリングチーム | 実際にモデルを切り替えるシステム変更を行う |
| Input(意見提供) | CEO、カスタマーサクセス | 決定に有用な情報は提供するが拒否権は持たない |
| Decide(最終決定) | VP of Engineering(あなた)、またはCEOと共同 | CEOからの権限委譲がある以上VPが最終決定者。対立が解消しない場合はCEOにエスカレーションする経路を残す |
② なぜ役割の未明示が停滞を生むか
③ 停滞打開のための進め方
実践への応用
実務・キャリアへの展開
- 規制業種でのプロダクト開発:金融・医療などコンプライアンスが絡む領域では、Agreeを持つべき部門を早期に・正確に見極めることが、スピードと安全性を両立させる鍵になる。
- エンジニアリングリードのキャリア移行:PM/CTOに向かうほど「誰がどう決めるかの設計」が価値を持つ場面が増える。RAPIDのような役割設計を標準装備すれば、部門間の対立を個人の交渉力ではなく仕組みで解消できる。
- グローバル文脈:多国籍企業や複数拠点の意思決定では、拠点ごとに「誰が権限を持つか」の暗黙の前提が異なることが多い。RAPIDの明文化は文化的な力関係の違いを超えて意思決定プロセスを揃える実務的な手段になる。
過去1年でAIコーディングアシスタントの利用が全エンジニアに広がり、個人のコード生産量は平均で2倍以上に増えた。しかし人事評価制度は依然として従来の生産性指標をベースにしており、経営陣から「評価制度をAI時代に合わせて刷新してほしい」と指示された。エンジニアたちの意見は真っ二つに割れている。ある一派は「AIをどれだけ使いこなして成果を出したかを評価すべき」と主張し、別の一派は「AIに頼りすぎると設計力・デバッグ力が育たない。基礎力を評価に残すべきだ」と反論する。さらにシニアエンジニアの一部は「そもそも個人のアウトプット量で評価すること自体が時代遅れで、チーム全体への貢献や意思決定の質を評価すべきだ」と、評価軸そのものの前提を疑う。あなたが試しに1つの評価基準案を提示すると、それぞれの立場から「その基準では自分たちの働き方が正当に評価されない」という反発が返ってくる。
- Rittel & WebberのWicked Problem(厄介な問題)の特徴に照らし、この評価制度刷新がなぜ「一度で解決できる技術的問題(Tame Problem)」ではなく「Wicked Problem」なのかを説明せよ
- 「唯一の正しい評価基準を設計してから展開する」というアプローチがなぜこの状況では機能しにくいのかを、Wicked Problemの性質から説明せよ
- Wicked Problemに対する実務的な対処法を踏まえ、あなたがVPとしてこの評価制度刷新にどう向き合うか、具体的な進め方を提案せよ
① なぜこの状況はWicked Problemか
| 特徴 | この状況での現れ方 |
|---|---|
| ①問題の定義自体に決定版がない | 「AI活用度を評価すべきか」「基礎力を守るべきか」「チーム貢献を評価すべきか」——そもそも"何を評価すべきか"の合意すらない |
| ②正しい/間違っているではなく良い/悪いの程度問題 | どの評価基準案も、ある立場からは「妥当」、別の立場からは「不公平」に見える |
| ③試した解決策は元に戻せず、次の試行に影響する | 一度基準を導入すればエンジニアの行動はその基準に最適化され、後で変えても簡単には元に戻らない |
| ④問題の理解と解決が分離できない | AI時代にどんな貢献が価値を生むかは、評価制度を運用しながらでしか見えてこない |
| ⑤利害関係者ごとに問題の捉え方が異なる | 3派はそもそも解こうとしている問題自体が異なる(AI活用促進/基礎力の劣化防止/個人主義からの脱却) |
② 「唯一の正しい基準を設計してから展開する」が機能しない理由
③ VPとしての進め方——「解決」ではなく「継続的なマネジメント」への転換
実践への応用
実務・キャリアへの展開
- 組織運営全般:評価制度・カルチャー設計・組織構造の多くはWicked Problemであり、「一度で完璧に解決する」という発想自体が失敗の元。PM/CTOへの移行期に最も重要な認知の転換の一つは、技術的問題の解き方を組織問題にそのまま適用しないことである。
- プロダクト戦略:「顧客のニーズに応える正しいプロダクト」を一度で定義しようとする姿勢もWicked Problem的な誤りに陥りやすい。仮説検証を繰り返しながら"当面の最適解"を更新し続ける発想は、プロダクト開発とも共通する。
- グローバル文脈:多国籍・多文化のチームでは「良い仕事とは何か」という価値観の相違がさらに大きくなるため、唯一の基準をトップダウンで押し付けるのではなく、地域・チームごとの対話を通じた調整プロセスの設計がより重要になる。
今日のまとめ・次回へ
今日Q2・Q3で扱った「部門間の対立」「価値観の異なる関係者との合意形成」の背後にある、対話を通じて信頼を築き、異なる立場の相手の懸念に共感しながら折り合いをつける対人スキルに直結する。決め方の設計(Thinking)だけでなく、決め方を実際に運用する対話そのもの(EQ)を明日は鍛える。