今日のフォーカス
機能を拡充するほど解約が進む経費精算SaaSを、JTBDの3側面(機能的・感情的・社会的job)で診断する(Q1)、営業とエンジニアの板挟みの対話を、CrucialConversationsのSTATE法で「事実」と「自分の解釈」を分けて開く(Q2)、成長が鈍化するコア事業から収益ゼロの新規事業への資源再配分を、Three Horizonsモデル・Power-Interestグリッド・ピラミッド原則で取締役会と社内政治の両方から通す(Q3)。今日のカギは「表面の機能・結論・数字の裏にある、顧客の本当の恐れ、相手の物語、意思決定者の情報処理スタイルまで踏み込んで診断する」という姿勢。
JTBD(Jobs to be Done)
顧客は製品ではなく「片付けたい仕事」を雇う。機能的・感情的・社会的の3層で本当に雇われている仕事を診断する。
CrucialConversations STATE法
利害・意見・感情が同時に高まる場面で、事実共有→自分の解釈→相手の見方を尋ねる→断定を避ける→異論を歓迎する、の順で対話を開く。
Three Horizons×Power-Interest×ピラミッド原則
資源再配分のタイミングを診断し、影響力と関心でステークホルダーの合意形成順序を設計し、結論から始める構造で意思決定者に伝える。
AI領収書OCR・多通貨対応・多段階承認ワークフロー・財務レポート自動生成など、この1年で機能を大幅に拡充してきたが、直近の解約率は逆に上昇している。ユーザーインタビューでは、多くの経理担当者が「便利な機能があるのは分かっているが、結局は月末になると自分で作った使い慣れたExcelテンプレートに数字を移して二重チェックしている」と証言した。
- JTBD(Jobs to be Done)の3つの側面(機能的job・感情的job・社会的job)を用いて、経理担当者が本当にこのSaaSに対して「雇いたい仕事」は何かを診断せよ。現在の機能拡充がなぜその仕事とズレているかを説明せよ
- 診断結果に基づき、次の四半期に優先すべき改善を1つ提案せよ。ただし「新機能の追加」ではなく、既存の顧客が抱える仕事(Job)の遂行の質そのものを高める観点で提案すること
機能拡充がすべて「機能的job」の、しかも日常業務の周辺にしか投資されていない
JTBDの3側面による診断
| 次元 | 顧客が本当に雇いたい仕事 | 現状のSaaSが提供しているもの | ズレ |
|---|---|---|---|
| 機能的job | 月末までに今月の数字を間違いなく・素早く確定させたい | AI OCR・多通貨対応・承認ワークフローなど日常の入力効率化に偏重 | 日々の入力は楽になったが、月末に「本当に合っているか」を確信する助けにはなっていない |
| 感情的job | 入力ミスや計上漏れで上司に指摘され恥をかく不安を消したい | 機能が多く複雑化するほど処理内容が把握しきれずブラックボックス化 | ツールを信頼しきれず、"自分の目で全部見える"Excelに戻って安心を得る |
| 社会的job | 経理担当として締めを確実にやり遂げる"ちゃんとした人"だと見られたい | 高機能なツールを使いこなせないと頼りない人材だと見られるリスクを負う | 複雑な機能はむしろ社会的jobを阻害しうる |
次の四半期に優先すべき改善提案
実践への応用
プロダクトロードマップの優先順位付け
新機能提案のたびに「これはどのJobを、どの次元で満たすか」を明示させ、次元が曖昧な機能は保留する。
競合対策
競合の機能を後追いするより、自社が満たせていないJobの次元(多くは感情的・社会的job)を先に特定する方が差別化になりやすい。
グローバル文脈
機能的jobは国を超えて共通しやすいが、感情的・社会的jobは文化圏によって大きく異なる。海外展開時はJobの再診断が必須。
営業担当の鈴木さんは、大口見込み客「テックリテール社」にエンジニアリング側への事前確認なしに「今月末までにカスタム連携機能を納品する」と約束してしまった。先週のアーキテクチャレビューで、データ移行に想定していなかった依存関係が3つ判明し、実際には最低でもあと6週間必要だと分かった。鈴木さんは「エンジニアはいつも遅い」、エンジニアは「営業はいつも無責任に約束する」という不満をそれぞれ蓄積している。これから鈴木さんと1対1で状況を伝える対話に臨む。
- なぜこの対話が「クルーシャル・カンバセーション」——利害が大きい・意見が対立している・感情が高ぶっている、の3条件が揃った場面——にあたるのかを説明し、双方が無意識に自分に語っている「都合の良いストーリー」を、鈴木さん側・エンジニア側それぞれについて特定せよ
- STATE法(Share/Tell/Ask/Talk tentatively/Encourage testing)を用いて、対話の冒頭部分を設計せよ
感情が高ぶった対話では、双方が「相手を悪者にする物語」を事実だと錯覚する
クルーシャル・カンバセーションの3条件と、双方の"都合の良いストーリー"
| 立場 | 無意識に語っている"都合の良いストーリー" |
|---|---|
| 鈴木さん側 | 「エンジニアはいつも石橋を叩きすぎて、ビジネスチャンスを潰す。今回も"できない理由"を並べてくるだけだろう」(villain story:エンジニアを頑固な障害物として描く) |
| エンジニア側 | 「営業はいつも現場に確認もせず無責任に約束してくる。尻拭いはいつも自分たちだ」(victim story:自分たちを常に割を食う被害者として描く) |
STATE法による対話冒頭の設計
「先週のアーキテクチャレビューで、テックリテール社のデータ移行に、事前には把握していなかった依存関係が3つ見つかりました。詳細はこちらの資料にまとめています」
「このままのスコープで月末納品を目指すと、テストが不十分なまま本番投入することになり、私はそれが先方との長期的な信頼関係を損なうリスクの方が大きいと考えています」
「鈴木さんが先方にこの納期を約束された時、どんな情報や前提で判断されていたのか、聞かせてもらえますか」
「もしかすると、私たちが把握していない先方側の事情や、スケジュールの柔軟性があるかもしれません」
「率直に、この状況をどう見ていますか。私の見立てに見落としがあれば、遠慮なく指摘してください」
対話の着地点の設計
実践への応用
部門間の板挟み調整全般
営業とエンジニアリング、マーケティングとカスタマーサクセスなど、利害が異なる部門間の衝突ではまず双方の「都合の良いストーリー」を自覚することから始める。
上司・経営層への進捗報告
悪い知らせを伝える際、事実の共有を解釈より先に、断定を避けた言い回しで行うことで相手を防御的にさせずに済む。
グローバル文脈
高コンテクスト文化圏では事実と解釈を分けて明示的に語ること自体が「よそよそしい」と受け取られる場合があり、関係性を先に確認してから同じ構造を柔らかい言葉で運用する調整が必要になる。
主力製品(Horizon 1)は年率5%成長・高利益率だが、3四半期連続で成長率が鈍化している。試験開発中のAIエージェント型新製品(Horizon 3)は収益ゼロでPMF前だが社内エンジニアの手応えは強い。目立った成長候補(Horizon 2)は存在しない。CEOとともにエンジニアリング予算の30%をHorizon 3へ再配分する提案を取締役会に諮ろうとしているが、営業責任者は今期目標への影響を懸念して強く反対、プロダクト責任者は強く賛成している。取締役会は数字に厳格で、過去に実績のない挑戦を「イノベーションごっこ」と切り捨てた経緯がある。
- Three Horizonsモデル(H1: 既存コア事業/H2: 成長候補/H3: 新規事業の芽)を用いて現在の事業ポートフォリオを整理し、「今、H1のリソースをH3に再配分すべき」という主張を成長率鈍化のタイミングという観点から診断せよ
- 取締役会・営業責任者・プロダクト責任者・現場エンジニアという4者をPower-Interestグリッドで整理し、合意形成をどの順序で進めるべきかを設計せよ
- ピラミッド原則(結論を先に述べ、その下に論拠を並べる構造)を用いて、数字に厳格な取締役会向けの提案を設計せよ
H2が空白であるため、H1の鈍化が始まった"今"がH3投資の最後のタイミング
Three Horizonsモデルによるポートフォリオ診断
| Horizon | 現状 | 課題 |
|---|---|---|
| H1(既存コア事業) | 年率5%成長・高い利益率、顧客基盤は安定しているが3四半期連続で成長率が鈍化 | 数年内に既存カテゴリでの成長余地が実質的に尽きるリスクが顕在化しつつある |
| H2(成長候補) | 既存顧客への機能追加という延長線上の投資のみで明確な柱が存在しない | H1からH3への滑らかな橋渡しが構造的に欠けている |
| H3(新規事業の芽) | AIエージェント型新製品、PMF前、収益ゼロだが社内の技術的手応えは強い | 専任リソースが確保されておらず「余剰があれば取り組む」程度の位置づけに留まっている |
Power-Interestグリッドによるステークホルダー整理と合意形成の順序
| ステークホルダー | 影響力 | 関心 | 対応方針 |
|---|---|---|---|
| 取締役会 | 高 | 中(数字と実行計画の確度を重視) | 他3者の合意状況を固めた上で最後に結論から提案する(Manage Closely) |
| 営業責任者 | 中〜高(取締役会への発言力あり) | 高(今期目標達成に直結) | 取締役会提案の前に個別に説明し、H1のSLAを守る移行計画を提示して反対を中立化する |
| プロダクト責任者 | 中 | 高(推進の当事者) | 最初に連携し、H3の成功指標・撤退基準を共同で具体化する味方として巻き込む |
| 現場エンジニア | 低〜中 | 高(担当変更の当事者) | 説明とキャリア成長機会として伝える(Keep Informed) |
ピラミッド原則による取締役会向け提案の設計
実践への応用
新規事業への資源配分全般
「結果が出てから投資する」という慎重論は、Three Horizonsのタイミングの観点ではしばしば手遅れの判断になる。成長鈍化の兆候が出た時点で次の柱への投資を検討する規律を持つ。
社内政治を伴う意思決定
影響力と関心の両方が高い相手を最初の合意形成対象にし、最も影響力の大きい意思決定者には最後に統一見解として臨むという順序は、あらゆる組織変更に応用できる。
グローバル文脈
取締役会の構成(社外取締役の比率・投資家の短期主義の強さ)によって結論を先に求める文化と背景説明を重視する文化の差があり、提案構造は顔ぶれに応じて調整する必要がある。
今日のまとめ・次回へ
今日Q2で扱った「事実と自分の解釈を分けて対話を開く」という技術と、Q3で扱った「正しい判断を、誰にどの順序で伝えるかまで設計する」という視点が、明日はより個人的な感情の揺れとリーダーシップの意思決定が絡み合う複合ジレンマの中でどう機能するかが問われる。