2026-10-03 — Thinking-B(戦略思考・コミュニケーション)

2026-10-03(土)Thinking-B結論を支える根拠を測る・固定費と下落する変動費の交差・買収提案の払い戻し表

今日のフォーカス

提案の「いちばん弱い数字」を先に名指しし、相手ごとに利害の形が違うことを表で見せてから話す。

戦略思考とは「結論を支える根拠の強さを先に測り、弱い所を段階で埋める形に提案を組み直すこと」であり、コミュニケーションとは「相手ごとに利害の形が違うことを、数字の表で先に見せてから話すこと」である——Minto のピラミッド原則で時系列の8ページ資料を結論先頭の1枚に直し、効果の見積りの幅から「言ってよい数字」を選ぶ力、Moore の core/context と固定費・変動費の交差で、LLM 推論を API で買うか自前で持つかを3年の価格下落込みで決める力、残余財産優先権の払い戻し表で、買収提案への創業者・投資家・社員の利害がどこで割れるかを先に数字にして取締役会に出す力。9/26 の Thinking-B(Rumelt・BATNA/MESO・7 Powers)とは重ならない。

Lv1 担当者Lv2 リーダーQ1: Lv3 管理職Q2: Lv4 経営(current_level)Q3: Lv5 創業者・取締役会

Minto のピラミッド原則(1987)

結論を最上位に置き、3本前後の柱、その下に根拠。柱を並べると弱い根拠が見える。

Moore の core/context(2005)

差別化の源泉は内製して磨き、そうでないものは標準化して買う。技術判断を「どこで勝つか」に結ぶ。

残余財産優先権(Feld & Mendelson 2019)

非参加型1倍は、優先分か転換かの有利な方を選ぶ。売却額の範囲によって取り分が動かない人が出る。

数値の出所ラベル:仮定 架空値 / 導出 Python で計算(2026-10-03)/ 文献は書誌のみ(会社法の条文は e-Gov で確認)。

Q1★★★☆☆ 基本「経緯→障害一覧→ツール比較→提案」——8ページの時系列資料を、ピラミッド原則で結論先頭の1枚に組み直す
シナリオ — 従業員600人のBtoB SaaS企業 / 決済基盤部の部門長 森田さん(Lv3 管理職)

森田さんは来週の経営会議(CEO・CFO・COO・CTO、持ち時間15分)で、監視・障害対応基盤の刷新(初期4,200万円)の承認を求める。部下の課長が作った草案は8ページで、章立ては「①経緯 ②この1年の障害一覧 ③監視ツール3製品の比較 ④提案」の順。結論は8ページ目にある。社内の数字は次のとおり。仮定

項目値
障害対応の工数(過去12か月)2,300時間 × 単価6,500円 = 1,495万円
SLA 違反による顧客への返金(過去12か月)1,120万円
障害のあと解約した顧客3社(年額1,800万円/社 = 5,400万円)。ただし解約理由を CS が聞き取ったのは0社
刷新の初期費用/年間運用費4,200万円 / 600万円
現行ツールの年間費用(刷新後は停止)900万円
社の投資基準(回収期間)24か月以内 仮定

課長は「解約3社の5,400万円も効果に入れれば、1年で回収できます」と言っている。

問い
  1. 草案の構成は、経営会議の4人にとって何が困るか。Minto のピラミッド原則(結論先行・上位は下位を要約・同じ種類のグループ・論理順)を使って3点以上指摘せよ
  2. 効果の見積りを保守・基本・楽観(工数削減 20/40/50%、SLA返金削減 30/50/60%)で置き、回収期間を計算せよ。解約3社を入れた場合と入れない場合を分け、経営会議で「言ってよい数字」と「言ってはいけない数字」を決めよ
  3. 結論先頭の1枚(SCQA+3本の柱)を書け。承認の求め方は「全額」「見送り」以外の案も比べ、採らなかった理由を残せ。CFO と COO から出そうな質問への答えも1つずつ添えること
提案資料が「調べた順」に並ぶのは、書き手の頭の中の順で、読み手が決める順ではない。Barbara Minto の *The Pyramid Principle*(初版1973年社内資料、1987年刊)は、最上位に答え(結論)を置き、その下に3本前後の柱、さらにその下に根拠を置く。柱を並べたとき、どの柱が弱いかが見えることが本問の狙い。結論先頭にすると、課長が「1年で回収」と書いた根拠が、確認していない解約の帰属に乗っていることが一目で分かる。言い切れる数字と、まだ言えない数字を分けて出せるのが、部門長(Lv3)の仕事の線引きになる。
1. 結論を1文に承認してほしいのは何か、いくらか、いつまでか2. 柱を3本立てるなぜ必要か/効果はどれだけか/リスクと止め方は3. 弱い柱を探す解約5,400万円は帰属が未確認=根拠が空の柱4. 幅で出す保守〜楽観で回収を並べ24か月の条件を逆算5. 段階で求める全額でなく第1段階+判断基準+次に報告する日罠:調べた順に書く/解約5,400万円を効果に入れて「1年で回収」と言う/反対されそうな点を資料から消す
判断の軸:柱ごとに「いま言える」か「まだ言えない」かを分け、まだ言えない柱を承認の条件に変える。
模範解答の核心
提案は4,200万円を一括で求めず、第1段階1,400万円(障害の多い2サービスで90日)の承認を求める。工数と返金だけで見た回収期間は、保守53.9か月・基本34.6か月で、24か月の基準に届かない。届くには解約3社のうち約12%分(基本ケース、約640万円/年)が障害起因と確認できればよい。確認は CS の聞き取り2週間で済む。言えるのは「工数と返金の削減は保守でも935万円/年」、まだ言えないのは「解約5,400万円」。

① 草案の困りごと(ピラミッド原則で見る)

  • 結論が8ページ目:経営会議は15分。最初の2分で「何を決めてほしいのか」が分からないと、残りの13分は質問が方向を探す時間になる
  • ツール3製品の比較が主役になっている:経営会議が決めるのは製品でなく「4,200万円を使うか」。製品選定は下位の根拠で、上位に置くと柱が見えない
  • 柱が同じ種類で揃っていない:経緯(過去)・障害一覧(事実)・比較(選択肢)・提案が並んでいるだけ。「なぜ必要・どれだけ効く・何が不確かか・止め方」の柱になっていない
  • 不確かな数字が結論と同じ強さで書かれている:解約5,400万円の帰属が未確認なのに、効果に足して回収1年と結んでいる

② 回収期間を幅で出す

年間効果 = 工数1,495万円×削減率 + 返金1,120万円×削減率 + 現行ツール停止900万円 − 新運用費600万円。回収月数 = 4,200 ÷ 年間効果 × 12。導出

ケース工数削減返金削減解約の帰属年間効果回収期間
保守20%30%0%935万円53.9か月
基本40%50%0%1,458万円34.6か月
基本+解約30%が障害起因40%50%30%(1,620万円)3,078万円16.4か月
楽観+解約50%が障害起因50%60%50%(2,700万円)4,420万円11.4か月
回収期間(か月)。24か月が社の基準保守(解約なし)53.9基本(解約なし)34.6基本+解約30%16.4楽観+解約50%11.4

24か月に収めるのに必要な年間効果は 4,200 ÷ 24 × 12 = 2,100万円。基本ケースの不足は 2,100 − 1,458 = 642万円で、解約5,400万円の 11.9%。保守ケースなら 2,100 − 935 = 1,165万円で 21.6%。導出

1,458万円
基本ケースの効果(解約を入れない)
約12%
24か月に収めるのに必要な解約の帰属率
0社
解約理由を CS が聞き取った顧客数(現状)

言ってよい数字:工数・返金は帳簿で追えるので幅つきで出せる。言ってはいけない数字:解約5,400万円。3社のうち原因が障害だけと確認できたのが0社の段階で足すと、後で CFO に1か所崩されたとき、ほかの数字まで疑われる。

③ 結論先頭の1枚

【結論】 監視基盤の刷新について、第1段階1,400万円(全額の約3分の1、障害の多い2サービス、90日)の承認をお願いします。全額4,200万円の判断は、90日後の経営会議で行います。
【状況】 過去12か月の障害対応で2,300時間・1,495万円、SLA返金で1,120万円を使っています。
【困りごと】 現行ツールでは検知が遅く、同じ種類の障害が繰り返されています。
【答え】 柱は3つです。①工数と返金の削減は保守でも年935万円(確定できる)。②それだけでは回収が3〜4年なので、解約3社(5,400万円)が障害起因かを2週間で確認します。③90日で工数が30%以上減らなければ第2段階に進みません。
質問者想定される質問答え
CFO「24か月基準に届かないものを、なぜ通すのか」「全額は通してほしくありません。1,400万円で工数削減を実測し、解約の帰属を確認してから、全額を24か月基準で判断してください」
COO(顧客成功)「解約3社の理由は、障害だけなのか」「まだ分かりません。御社の CS に2週間で聞き取りをお願いしたい。結果が0%なら、第1段階だけで終わり、全額は出しません」

採らなかった案(トレードオフ)

  • 全額4,200万円を、解約を入れた「1年で回収」で求める:通りやすいが、解約の帰属を1か所突かれると提案全体が崩れる。通っても、90日後に効果が出ない場合の止め方がない
  • 見送り(来期の予算で再提案):安全だが、1年分の障害対応と返金(約2,600万円)が続く。保守ケースでも年935万円の削減が見込めるのに捨てることになる
  • 3製品の比較を主役にして製品選定を求める:会議の問いが「どれを買うか」に変わり、「買うか」が決まらないまま製品の優劣で時間が終わる

前提が変わったら:CS が3社中1社でも障害が主因と確認できていれば、全額の承認を求められる。投資基準が36か月なら、基本ケースの34.6か月で通るので、第1段階を省いてよい。

実践への応用

  • 予算依頼・採用依頼・ツール導入・組織変更の提案は、すべて「結論→柱3本→根拠」の形で書ける。経営会議は「何を決めるか」から入る
  • 自社の過去の提案資料を1つ選び、冒頭1ページだけ読んで「承認してほしいこと」が分かるか確かめる。分からなければ、順番の問題
  • グローバルの会議(米国・欧州の経営層)は結論先行(BLUF, bottom line up front)が標準に近い。日本語の資料でも冒頭に結論を置くと、通訳や翻訳を挟んでも伝わる
自己評価(解答後に記入)
  • 結論が1ページ目の最初の1文にあるか
  • 弱い柱(解約の帰属)を自分で見つけ、数字から外して幅で出したか
  • 「全額」「見送り」以外の第3案を作り、止め方まで書いたか
自分の考え・解答メモ:
気づき・メモ:

Q2★★★★☆ 標準「推論を自前で持てば月440万円安い」——固定費と、年々下がる変動費の交差を3年で読む(core/context)
シナリオ — 議事録・要約を提供するBtoB SaaS(従業員180人) / CTO 坂井さん(Lv4 経営)

坂井さんの会社は、製品内の要約機能で外部の LLM API を使っている。インフラの課長が「自前の推論クラスタに切り替えれば月440万円安くなる」と提案した。比較表は次のとおり。仮定(価格と量は架空。実在の API 価格ではない)

項目API(現状)自前クラスタ
入力 月300億トークン × 300円/百万900万円—
出力 月60億トークン × 1,500円/百万900万円—
GPU・ネットワーク・電力(月額リース)—1,100万円
運用の人件費(2名分、総額130万円/月)—260万円
月額合計1,800万円1,360万円(量が増えても容量上限まで固定)
初期費用(移行・評価・検証)03,000万円

課長の論拠は「年5,280万円の節約、初期費用は7か月で回収」。一方、営業は「顧客の一部に、データを国内に置いてほしいという要望がある」と言い、エンジニア2名は「推論の運用は誰もやったことがない」と言っている。

問い
  1. 損益分岐の量(現状の何%か)と、API 価格が年に何%下がると自前の優位が消えるかを計算せよ。3年累計の節約額を、価格下落率(0/20/30/40%)と量の伸び(0/年30%)の組み合わせで表にせよ
  2. Geoffrey Moore の core/context の考え方で、LLM 推論が坂井さんの会社にとって core か context かを判断せよ。自前に切り替える・API のまま・混ぜる、の3案を、採らなかった理由つきで比べよ
  3. 経営会議(CFO・営業責任者)とエンジニアチームの2者に、結論を別々に伝えよ。「年5,280万円」をどう扱うか、何を約束しないかを含めること
「固定費と変動費の交差」は誰でも書けるが、変動費側の単価が年々下がる場合は、交差点が動く。1年目の見積りで決めると、2年目に優位が消える。Geoffrey Moore *Dealing with Darwin*(2005)の core(差別化の源泉。内製して磨く)と context(なくてはならないが差別化にならない。買って標準化する)で、技術判断を「安いか」でなく「どこで勝つか」に結びつける。もう1つは元に戻せるか。切り替えを元に戻せる設計にしておけば、決断は軽くなる。
1. 交差点を出す固定1,360÷変動1,800=現状の75.6%が損益分岐2. 下落を入れる価格が年24.4%下がると優位が消える3. core か問う顧客が選ぶ理由が推論の品質・速度かそれとも機能か4. 戻せる形にゲートウェイでAPI と自前を切替可能にする5. 相手別に伝えるCFOには幅を現場には運用負荷営業には条件罠:1年目の単価で3年を決める/「安い」だけで内製する/2名の運用負荷を人件費の数字だけで見る
判断の軸:節約額の大きさでなく、前提(価格・量・品質)が1つ動いたときに結論が逆転するかどうか。
模範解答の核心
自前は現状の量なら月440万円安く、損益分岐は現状の75.6%。ただし API 価格が年24.4%下がると優位が消え、3年累計は価格下落0%で+1億2,840万円、30%で−4,656万円に逆転する(量が伸びない場合)。推論は坂井さんの会社では多くが context なので、API を標準にし、ゲートウェイで切替可能にして、自前は「国内にデータを置く要望のある顧客」の小クラスタだけから始める。年5,280万円は約束しない。

① 3年累計の節約額(自前 − API)

節約額 = Σ(その年のAPI費用 − 自前の年1,360万円×12)− 初期費用3,000万円。API費用は 1,800万円×12 を基準に、量の伸びと価格下落を毎年掛ける(1年目は現行どおり)。導出 万円。

価格の下落(年)量が伸びない:3年累計量が年30%伸びる:3年累計
0%+12,840+34,224
20%+744+15,467
30%−4,656+7,183
40%−9,624−371
3年累計の節約額(万円、量が伸びない場合)。マイナスは自前が高い価格下落0%+12,84020%+74430%−4,65640%−9,624

1年目の節約は5,280万円(初期費用3,000万円を引いて2,280万円)。2年目から単価が下がる分だけ、API が追いつく。損益分岐の価格下落は 1−1,360/1,800 = 24.4%(量が変わらない場合)。量が年30%伸びれば、40%の下落でもほぼ釣り合う。ただし自前の容量上限(仮に現状の2倍)を超えると、クラスタの追加費用が出る。

75.6%
自前の損益分岐(現状の量に対して)
24.4%
優位が消える API 価格の年間下落率
−4,656万円
価格が年30%下がる場合の3年累計(量が伸びない)

② core か context か

問うのは「推論の品質・速度が顧客の選ぶ理由か」。議事録SaaSなら、顧客が選ぶのは要約の使い勝手・連携・セキュリティで、推論基盤の運用ではない。多くは context。例外は2つ:データを国内に置く要望のある顧客(契約で必須になる)と、自社データで磨いたモデルが品質差になる場合。

案長所短所
A 全部自前節約最大(価格が下がらない場合 +1.28億円)運用2名に固定、価格下落で逆転、品質で最新の API に追いつく保証がない
B API のまま運用負荷なし、価格下落の恩恵を自動で受けるデータ国内要件の顧客を取れない。API 側の値上げ・仕様変更に弱い
C 標準はAPI+ゲートウェイで切替可能+条件付きで自前の小クラスタ戻せる。国内要件の顧客を取れる。価格が下がれば自前を縮小ゲートウェイの設計と評価セットの維持に工数がかかる
  • 切替の条件を数字で先に決める:API 費用が自前の固定費の1.3倍を超える月が3か月続き、かつ過去12か月で価格改定がない(例)。条件を満たしたら、自前の容量を増やす
  • 評価セットを先に作る:自前モデルが API と同じ品質かを、自社の要約タスク200件で測る。測る前に3,000万円を使わない

採らなかった案(トレードオフ)

  • A 全部自前:1年目の数字は魅力的だが、年24.4%の価格下落で優位が消える。2名の運用は元に戻しにくい(一方向の扉に近い。書誌は Bezos 2015年株主書簡の考え方)
  • B 現状維持:安全だが、国内データ要件の案件を断る。要件の顧客の売上が運用費を上回るなら C が有利
  • 初期費用を払わずクラウドの従量GPUで試す:初期の3,000万円を避けられるが、従量の単価は固定リースより高くなりやすく、損益分岐が API 側に寄る(実際の単価は未確認)。評価セット作成(200件)の費用だけ払い、判断材料にする

前提が変わったら:API 価格が3年間ほぼ下がらない(過去12か月で改定なし)なら A の優位が戻る。量が3倍になるなら、固定費は API 費用の約25%(1,360÷5,400)に収まり A が有利になる。ただし容量上限(仮に現状の2倍)を超える分は追加費用がかかる。

③ 2者に別々に伝える

経営会議(CFO・営業)へ:「自前に切り替えると月440万円安く見えますが、API の単価が年24%以上下がると、その差は消えます。3年の幅は+1.3億円から−1億円まで開きます。そこで標準は API のままにして、データを国内に置きたい顧客向けの小さな自前環境だけを作り、切り替えの条件を数字で決めます。年5,280万円の節約は約束しません」

エンジニアチームへ:「推論の運用を全員の仕事にはしません。2名は評価セットとゲートウェイを作る人です。自前の環境は、国内データを置く顧客の契約が決まってから作ります。価格が下がったら縮小する前提で作るので、失敗ではなく設計です」

実践への応用

  • クラウドの予約購入、SaaS の内製、データ基盤の自前化は同じ形。単価が下がる側と固定費で持つ側の交差を、3年の幅で見る
  • 米国・EUの顧客に必要なデータ所在地(data residency)の要件は、core/context の判断に先に入れる。規制のある地域では context が core に変わる
  • 起業では、「いまの単価が続く」前提の事業計画を避ける。基盤の単価が半分になる年に、優位が残るかを問う
自己評価(解答後に記入)
  • 損益分岐を「量」と「価格下落率」の両方で出したか
  • core/context の判断に、顧客が選ぶ理由を使ったか
  • 「年5,280万円」を約束しない言い方を、相手別に書けたか
自分の考え・解答メモ:
気づき・メモ:

Q3★★★★★ 応用「180億円で買いたい。回答は14日以内」——払い戻し表で創業者・投資家・社員の利害を割り、取締役会に何をどの順で出すか
シナリオ — 国内BtoB SaaS(創業6年)/ 創業CEO 村上さん(Lv5 創業者・取締役会)

村上さんの会社に、外資の大手から180億円(現金、100%取得)の買収提案が届いた。回答期限は14日。株主構成と契約は次のとおり。仮定

株主持分投資額優先権
創業者3名(村上さんを含む)52%—普通株
従業員(ストックオプション、全員行使可能と置く)10%—普通株(行使価格は無視)
シリーズ A 投資家20%12億円1倍・非参加型(B の次に優先)
シリーズ B 投資家18%40億円1倍・非参加型(最優先)

取締役は5名(創業者2、A 1、B 1、独立1)。売却には取締役会の過半数と、優先株主(A・B)それぞれの同意が要る契約になっている。仮定 村上さんは買い手から「買収後も3年残ってほしい。契約の内容は別途」と言われている。会社の ARR は年45億円で、伸びは前年比60%、24か月以内に400億円規模での売却の可能性があると村上さんは見ているが、確率は分からない。

問い
  1. 売却額を100・150・180・222・300億円としたとき、B・A・創業者・従業員の取り分を表にせよ。180億円で創業者はいくらか。売却額が10億円上がると、各者はいくら増えるか
  2. 「売らずに24か月後を狙う」ときの、創業者にとっての損益分岐確率を出せ(成功400億円、失敗60億円、割引率15%/年と置く)。B は売却に賛成するか。B の動機を払い戻し表から読め
  3. 取締役会に、誰に・どの順で・何を出すか。村上さん自身の利益相反をどう扱うか。社員と顧客にいつ、何を言うか。「受ける」「断る」以外の案も比べ、採らなかった理由を残せ
買収提案の判断は、「金額が高いか」で割れる前に、同じ金額でも各者の取り分が違い、金額への感度がゼロの人がいることを先に数字にするのが筋。残余財産優先権(liquidation preference)は、Brad Feld & Jason Mendelson *Venture Deals*(第4版、2019)が整理する標準的な条項で、非参加型1倍は「優先分を取るか、普通株に転換して持分比率で取るか」の有利な方を選べる。その結果、B は売却額が40億〜222億円の間で40億円に固定され、価格交渉の動機が弱い。Lv5 の仕事は、この利害の形を取締役会に先に見せ、誰が何で動くのかを揃えること。自分(創業者)にも利害があるので、開示から入る。取締役の忠実義務(会社法355条)の考え方に沿う。
1. 払い戻し表売却額ごとにB・A・創業者・社員の取り分2. 感度ゼロを探すB は40〜222億で40億に固定=価格に動かない3. 継続の確率創業者の損益分岐確率 55.0%(割引15%/年)4. 利益相反を開示買い手との雇用条件の話は取締役会へ先に5. 順番を決める取締役会→社員→顧客。署名前に外へ出さない罠:金額だけで「高い/安い」を議論する/各者の取り分を出さず取締役会に出す/自分の雇用条件の話を伏せたまま進める
判断の軸:各者の取り分は、売却額の何億円の範囲で動き、どこで止まるか。そして、その動機の差を最初に見せたのは誰か。
模範解答の核心
180億円では B 40.0億・A 34.1億・創業者 88.8億(49.3%)・社員 17.1億。B は売却額が40億〜222億円の間は40.0億円で動かず、10億円上がっても増えるのは創業者+6.3億・A +2.4億・社員+1.2億。売らずに継続する損益分岐確率は55.0%(成功400億・失敗60億・割引15%)。B は1.0倍・利回り0%で売ることになるので、売却に賛成する動機が弱い。取締役会には払い戻し表と自分の利益相反の開示を先に出し、社員・顧客は署名前に出さない。

① 払い戻し表

B は優先分40億円か、普通株に転換して18%か、有利な方を選ぶ(A も同様)。均衡を総当たりで求めた。導出 億円。

売却額B(シリーズB)A(シリーズA)創業者3名従業員創業者の取り分
6040.0(全額優先)12.0(全額優先)6.71.311.2%
10040.014.6(A は転換)38.07.338.0%
15040.026.869.813.446.5%
18040.034.188.817.149.3%
22240.0(転換と同額)44.4115.422.252.0%
30054.0(B も転換)60.0156.030.052.0%
180億円の分け方(億円)B(シリーズB)40.0A(シリーズA)34.1創業者3名88.8従業員17.1
  • A が転換する売却額は約89億円(以上で A は普通株として受け取る)、B が転換するのは 40÷0.18 = 222億円
  • 180億円→190億円の差分:創業者 +6.3億円、A +2.4億円、従業員 +1.2億円、B は 0。価格を上げる交渉に、B が動く理由がない
  • B の倍率は180億円で 40÷40 = 1.0倍(利回り0%)。A は 34.1÷12 = 2.8倍。創業者の取り分は、普通の持分52%でなく49.3%(優先分が先に出るため)

② 継続と売却の比較、B の動機

創業者の継続の期待値 = p × 208.0 + (1−p) × 6.7(400億・60億のときの取り分)。売却の確実な88.8億円を2年後の価値に直すと 88.8 × 1.15² = 117.4億円。損益分岐の確率 p = (117.4 − 6.7)/(208.0 − 6.7) = 55.0%。導出 54%なら売る、56%なら続ける、の水準。確率は主観で、この数字から決めない。「自分は55%より高いと言える根拠を何件持っているか」を問う材料にする。

B の取り分は、継続して失敗(60億)でも40億円、成功(400億)で72億円。売却(180億円)で40億円。どの場面でも40億円以上で、売ると利回り0%の確定になる。B が「待つ」方を好む可能性が高い。一方、失敗を25億円の清算まで広げると、B は25億円(0.63倍)になるので、下側のリスクの見方で B の立場が変わる。B に直接聞くのは取締役会の前でなく、払い戻し表を見せてからにする。

③ 誰に・どの順で・何を

順相手内容理由
1取締役会(5名、同日・同じ資料)①提案の全文と期限 ②払い戻し表 ③村上さん自身の利益相反(雇用条件の打診)と、条件の話は取締役会の了承まで保留する旨 ④継続との損益分岐 ⑤次の打ち手の案会社法355条の忠実義務。1人ずつ別々に話すと、利害のある人から先に条件を取りにいく形になる
2B・A の取締役と個別に同意の条件の確認(B は時間・倍率、A は2.8倍の見方)売却の同意は優先株主ごと。取締役会の議題の前に論点を知る
3社員(署名後、発表日)従業員の取り分(180億円で17.1億円、持分10%)と3年の残留条件、継続する製品・体制署名前に出すと、主要メンバーの離脱と買い手との交渉の漏えいが起きる
4顧客(署名後、同日)契約・サポートの継続、データの扱い、窓口顧客は変化を不安に感じる。同日に出す

採らなかった案(トレードオフ)

  • すぐ受ける:88.8億円で創業者の出口は確定するが、B の同意が取れない可能性、価格交渉の余地、他社への打診を捨てる
  • 断る:継続の損益分岐55%を根拠なく超えると見るのは危険。断る場合も、「価格」でなく「継続して作りたいもの」で決める
  • 買い手に売却額の引き上げだけを求める:B の取り分は動かないので B の同意は変わらない。引き上げ分は創業者・A・社員に流れる。B の同意は、時間(クロージングの早さ)と、買い手との関係で取る
  • 社員に先に伝えて意見を聞く:公平に見えるが、秘密保持の義務(NDA)に反し、情報が外に出て交渉力を失う

前提が変わったら:売却額が222億円を超えるなら B も転換して価格に敏感になり、全員の利害がそろう。ARR の伸びが前年比100%なら継続の確率が上がり、損益分岐55%を超える根拠が揃う。

実践への応用

  • 優先株の条件、ストックオプションの行使条件、ドラッグアロングは、払い戻し表を先に作る。M&A・資金調達・撤退のたびに、各者の取り分が売却額のどこで動くかを見る
  • 海外の買い手(米国・欧州)は、表明保証(representations and warranties)・エスクロー・ロックアップを付けることが多い。手取りは提示額より低くなる前提で表を作る
  • 個人の判断でも、雇用条件・退職金・株の売却で、自分に有利な情報を先に開示し、相手に選べる形で出す
自己評価(解答後に記入)
  • 売却額ごとの各者の取り分を、自分で表にできたか
  • B の取り分が動かない範囲を見つけ、その意味を言えたか
  • 自分の利益相反を、相手に聞かれる前に出す設計にしたか
自分の考え・解答メモ:
気づき・メモ:

扱わなかった範囲・参照文献

問扱わなかった範囲
Q1回収期間の割引率・税・導入遅れの工数。単純な回収期間(payback)に絞った。効果の見積り(20/40/50%)は仮定で、導入事例の出所がない。解約の帰属率は0〜50%の例示で、実測は CS の聞き取り待ち
Q2品質評価の方法(評価セット200件の設計)、GPU 世代交代による固定費の変化、規制(個人情報保護法の越境移転)の条件。価格・量・運用人件費は架空。「過去12か月で価格改定なし」は閾値の例で、根拠は置いていない
Q3税(譲渡所得)・希薄化・ストックオプションの行使価格・エスクロー・買い手の表明保証、ドラッグアロングの細かい条件。取り分は税引前・行使価格ゼロの近似。会社法356条は取締役と会社との取引・競業の規定で、買い手との雇用条件の打診には直接当たらない。ここでは355条の忠実義務の考え方に沿った運用とし、法的な結論は弁護士に確認する前提
  • Minto, B. (1987), The Pyramid Principle, Minto International(書誌のみ。初版1973年は社内資料の記憶。未確認)
  • Moore, G. (2005), Dealing with Darwin, Portfolio/Penguin(書誌のみ。core/context の定義は記憶による要約。原文は未確認)
  • Feld, B. & Mendelson, J. (2019), Venture Deals, 4th ed., Wiley(書誌のみ。非参加型1倍の説明は記憶による要約。原文は未確認)
  • Bezos, J. (2016), Amazon 2015 Letter to Shareholders(書誌のみ。一方向の扉/双方向の扉の考え方。原文は未確認)
  • 会社法(平成17年法律第86号)第330条・第355条・第356条 — e-Gov 法令 API(laws.e-gov.go.jp/api/2、法令ID 417AC0000000086)で条文を 2026-10-03 に確認。356条の趣旨の解釈は未確認
  • 計算は Python 標準ライブラリで 2026-10-03 に実行(Q1 回収期間、Q2 3年累計、Q3 払い戻し均衡と損益分岐確率)。入力はすべて架空の値

今日のまとめ・次回へ

Thinking-B
ピラミッド原則・core/context
払い戻し表

3問とも、提案の中の「いちばん弱い数字」を先に名指しして、そこを段階で埋める形にした。Q1 は解約の帰属を、Q2 は将来の API 価格を、Q3 は B の動機を、それぞれ表にして相手に見せてから、承認・切替・開示の順番を決めた。

次回への接続(明日: 統合 EQ × IQ × Thinking)

明日(日曜)は統合(EQ × IQ × Thinking の複合)。今日は数字と表で相手に出す形を作った。明日は、その表を出したときの相手の感情(防御・不安・期待)と、自分の感情をどう扱うかを、リーダーシップのジレンマとして重ねる。