2026-10-09 — IQ-B(批判的思考・認知バイアス)

2026-10-09(金)IQ-B選ばれ方を数える:無回答と Manski の範囲/ファネルプロット/選んだ者の呪いLv4 経営(Q1 Lv3・Q3 Lv5)

今日のフォーカス

数字は正しい。歪むのは、数字が選ばれて手元に来る過程。

Q1 は「誰が答えたか」(無回答を仮定なしで挟む Manski の範囲と、二段階抽出)、Q2 は「何件から出た割合か」(件数の少ないチームほど両端に来る順位表を、ファネルプロットで読む)、Q3 は「どの見積りを選んだか」(最大の見積りを選ぶと平均して期待を下回る optimizer's curse と縮小推定)。先週(10/02)は介入後の数字の読み方、今日は数字が来る前の選ばれ方。

Lv1 担当者Lv2 リーダーQ1: Lv3 管理職Q2: Lv4 経営(current_level・次の進級 10/25)Q3: Lv5 創業者・取締役会

Manski の範囲(1989)

欠けたデータに何も仮定しなければ答えは範囲。幅=無回答の割合。

ファネルプロット(Spiegelhalter 2005)

件数ごとに偶然の範囲を引き、共通原因と特別原因を分ける。

Optimizer's curse(Smith & Winkler 2006)

最大を選ぶと上振れを選ぶ。誤差に応じて縮めてから選ぶ。

数値ラベル:仮定/導出/シミュレーション/文献。会社・人物・社内データは架空。計算は Python 標準ライブラリ(Q2 シード1009・20,000回、Q3 シード2026・100,000回とシード77・200,000回)。

Q1★★★☆☆ 基本「満足度92%」——答えた1,000人は、残りの3,000人の代わりになるか
シナリオ — 家計簿アプリ(有料会員 約18万人) / 事業部長 中島さん(Lv3 管理職)

有料会員から無作為に選んだ 4,000人 に満足度アンケートを送った。回答は 1,000人(回答率25%)、うち「満足」「やや満足」が 920人仮定。マーケティング部は来月からアプリストアの説明文と Web 広告にこう入れたい。

「有料会員の満足度 92%」
集団人数過去12か月の解約率
回答者1,0003%
無回答者3,00011%
問い
  1. 何の仮定も置かずに言える「4,000人全体の満足度」の範囲を計算せよ
  2. 「92%」と書くために暗に置いている仮定は何か。解約率の表はその仮定について何を示唆するか
  3. 無回答者3,000人から無作為に200人を選び電話した。つながったのは120人、うち満足66人。①120人が200人を代表すると仮定した場合、②つながらなかった80人に何も仮定しない場合の全体の満足度を出し、広告に何と書くか決めよ
アンケートの数字を見たら、最初に「答えなかった人」を引く。回答率25%なら、仮定なしに言えるのは幅75ポイントの範囲だけ。仮定なしの範囲(Manski 1989)を先に出し、「どの仮定を、どの追加データで買うか」で範囲を狭める順番を身につける。
1. 分母を確かめる92% の分母は答えた1,000人有料会員全体ではない2. 仮定なしの範囲無回答が全員不満〜全員満足で挟む23%〜98%3. 仮定を検査無回答は無作為か解約率 11% vs 3%→ 上に偏る疑い4. データで買う無回答から抽出し追跡(二段階抽出)範囲を 30pt 幅へ
  • 罠:「1,000人もいれば十分」——標本の大きさは偶然の誤差を減らすが、選ばれ方の偏りは減らさない
  • 罠:誤差 ±1.7% だけ書く——無回答が無作為な場合の数字
  • 判断の軸:仮定なしの範囲 → 仮定1つの点推定 → 追加データで仮定を検査
模範解答の核心
仮定なしでは 23%〜98%。92% は「無回答者も同じ満足度」という仮定の上の数字で、無回答者の解約率が約3.7倍高いことはこの仮定に不利。追跡調査で 64.3%(57.6〜70.9%)、未到達80人に仮定を置かなければ 47.8〜77.8%。92% はどちらにも入らないので広告には書かない。
4,000人全体の満足度として言える範囲(%)仮定なし(Manski)23〜98%追跡・未到達は仮定なし47.8〜77.8%追跡・到達者が代表と仮定57.6〜70.9%(点 64.3%)広告案の 92%0255075100
75pt
仮定なしの範囲の幅 = 無回答の割合導出
64.3%
0.25×92% + 0.75×55%導出
92%
どの範囲にも入らない

広告の判断

「満足度92%」は書かない。書くなら分母と回答率を併記する(「回答者の92%が満足。有料会員4,000人に調査、回答1,000人」)。社内の改善目標には 64% 前後を使う。一般消費者向けの表示には景品表示法(優良誤認、5条1号)がかかり、消費者庁は2024年9月に「No.1表示に関する実態調査報告書」で調査対象の選び方が不適切な満足度表示を問題視している文献。

採らなかった案

  • 年齢・利用期間で重み付けし直す:「同じ層の中では答える人と答えない人は同じ」という別の仮定に置き換えるだけ。追跡データの方が直接の証拠
  • 再送して回答率を上げる:25→30%でも幅は70ptまでしか縮まず、偏りの向きは同じ
  • 何も書かない:安全だが、64%前後という使える数字まで捨てる

前提が変わったら:到達率が190/200なら②の幅は約4ptまで縮み、点推定を外に出せる。無回答者の解約率が回答者と同じなら、92%を「回答者の」と断って使う余地が広がる。

自己評価(解答後に記入)
  • 仮定なしの範囲を自分で 23〜98% と出せたか
  • 解約率の差を「仮定への反証」として読めたか
  • 追跡の未到達80人を範囲として扱えたか
自分の考え・解答メモ:
気づき・メモ:

Q2★★★★☆ 標準「最下位のチームのリーダーを替えろ」——12チームの変更失敗率を、件数込みで読む
シナリオ — エンジニア約120人の SaaS / CTO 森さん(Lv4 経営)

DORA の「変更失敗率」を四半期ごとに12チームで集計した仮定。全体は 980件中153件、15.6%。

チームデプロイ失敗率
A(新規事業)20630.0%(最下位)
B(決済基盤)1704224.7%
H45817.8%
D60915.0%
G / E / K110 / 140 / 13015 / 19 / 1713.6 / 13.6 / 13.1%
L / C / I70 / 95 / 809 / 12 / 1012.9 / 12.6 / 12.5%
F35411.4%
J2528.0%(最上位)
COO「A チームは全社平均の約2倍。リーダーを替えて、J のやり方を横展開すべきだ。来週の経営会議で決めたい」
問い
  1. 全チームの本当の率が同じ 15.6% と仮定したとき、A の 30.0% と B の 24.7% はどのくらい珍しいか
  2. 12チームを比べるとき、偶然だけでどこかが 95% の範囲から外れる確率は? どの線で「調べるチーム」を選ぶか
  3. COO に何と答えるか。A・B・J への対応と、今後の表の見せ方を決めよ
順位表は件数の少ない集団ほど両端に来る。病院の死亡率比較のために作られた Spiegelhalter(2005)のファネルプロットで、Deming の「共通原因/特別原因」を数字で分ける。誰を責めるかの前に、どの差が偶然で説明できるかを引く。
1. 分母を戻す割合の順位表は件数を消した表n=20 は1件で5pt2. 偶然の範囲p ± z√(p(1−p)/n)n が小さいほど範囲は広い3. 多重比較12チーム比較で95% 線は約半分の確率で誤報4. 原因を調べる範囲外だけ仕事の種類・定義・人の順で調べる
模範解答の核心
A の 30% は 95% の範囲内(偶然で6件以上は 7.9%)。B の 24.7% は 99.8% の範囲外(z=3.27、偶然は 0.14%)。リーダー交代は決めず、B の特別原因(変更の大きさ・失敗の定義・テスト環境)を先に調べる。J の横展開もしない。順位表はファネルプロットに置き換える。
ファネルプロット:横軸 デプロイ数、縦軸 変更失敗率(全体 15.6%)ABCDEFGHIJKL0%10%20%30%40%2060100140180--- 95% の範囲— 99.8% の範囲
7.9%
A:偶然で6件以上導出
0.14%
B:偶然で42件以上導出
46.5%
偶然でどこかが95%線外シミュレーション
57.0%
偶然で最下位が n≤45 のチームシミュレーション

COO への答え

「A の30%はデプロイ20件中6件で、全社平均の実力でも13回に1回は起きる数字です。件数の多い B は偶然では説明できない高さで、こちらを先に調べます。調べるのは人ではなく、変更の大きさ・テスト・失敗の数え方です。リーダー交代は B の調査と A の次の四半期を見てからにさせてください。」
  • A:次の四半期も線の外側近くにいるかを見る。2四半期で n≈40 になれば範囲は狭まる
  • B:大型リリース・決済の厳しい失敗基準・テスト環境の差を調べ、仕事の種類で補正した表へ
  • J:差は偶然の範囲。横展開の根拠なし

採らなかった案

  • 件数で比べる:規模に比例して B が最悪になるだけ
  • 小さいチームを表から外す:新規チームほど見えなくなる
  • 縮小推定で率を出し直す:有力だが「数字を勝手に直した」と受け取られやすい。まずは生の数字と範囲を並べるファネルで説明し、推移を見る段階で移る

前提が変わったら:失敗の定義がチームで違うなら、定義を揃えるのが先。チーム間の本当の差(過分散)が大きいと分かっていれば補正で範囲が広がり、B すら範囲内に入りうる。A が3四半期続けて線の外近くなら件数が少なくても調べる。

自己評価(解答後に記入)
  • A と B の珍しさを件数込みで数字にできたか
  • 12チーム比較で 95% 線が誤報を生むことに気づけたか
  • 「調べる対象は人ではなく仕組み」と答えに書けたか
自分の考え・解答メモ:
気づき・メモ:

Q3★★★★★ 応用「ブラジルは5年で38億円」——いちばん高い見積りを選ぶと、必ず期待を下回る(選んだ者の呪い)
シナリオ — 経費精算 SaaS・シリーズC(40億円) / 創業CEO 川口さん(Lv5 創業者・取締役会)

最初の海外進出先を1つ選ぶ。チームの見積りに水増しはない(平均すると当たる)が、データ量で誤差が違う仮定。同業の過去事例では、最初の進出先の5年NPVは平均10億円・標準偏差8億円程度仮定。

国NPV 見積り(億円)誤差 SD根拠データ
台湾185既存顧客の子会社40社
シンガポール164現地拠点の顧客が多い
韓国207競合2社の公開数値
ドイツ2210規制対応費用が読みにくい
インドネシア3016調査会社レポートのみ
ブラジル3820市場推計のみ・会話3社
リード投資家の取締役「38億は他の倍だ。成長の物語としてもブラジルがいちばん強い。シリーズCの資料もそれで作ろう」
問い
  1. 水増しがないのに、最大の見積りを選ぶとなぜ結果は下回りやすいか。平均で何億円下回るか
  2. データ量に応じて見積りを補正せよ。順位はどうなるか
  3. 補正の前提(平均10・SD8)がどう変わればブラジルが1位に戻るか。取締役会・投資家に何をどの順で説明するか。6か月のパイロット(1.5億円、誤差を半分に)の価値も評価せよ
「最大を選ぶ」操作そのものが上振れした見積りを選ぶ操作になる(Smith & Winkler 2006 の optimizer's curse、入札の勝者の呪い Capen ら 1971 と同じ構造)。正直な部下の正直な見積りをどう補正して選び、補正の前提をどう取締役会に開示するか。物語の強さと期待値を混同しない。
1. 誤差の違い誤差が大きい案ほど「最大」になりやすい(ブラジル 27%)2. 補正する事後平均 = 10 +w×(見積り−10)w = 64/(64+誤差²)3. 分岐点過去の SD 8→15 でブラジルが1位に戻る4. 情報の価値パイロット価値約0.35億 < 1.5億前提と連動
模範解答の核心
見積り最大で選ぶと平均 12.5億円の失望シミュレーション。補正すると順位はほぼ逆転し 台湾 15.8 が1位、ブラジル 13.9 は最下位。補正後で選ぶと失望は約0、選んだ国の本当の値は平均 15.7→17.0億円。ただし過去の散らばりを SD15 と置けばブラジル 20.1 で1位に戻る——結論・直感と違う理由・前提・分岐点の順で開示して台湾を提案する。
5年 NPV(億円):灰=見積り、青緑=補正後(過去 平均10・SD8)台湾1815.8シンガポール1614.8韓国2015.7ドイツ2214.7インドネシア3014.0ブラジル3813.9
+12.5億
最大を選んだときの平均の失望シミュレーション
+1.3億
補正して選ぶ得(1回の判断)シミュレーション
0.35億
パイロットの情報の価値(費用1.5億)シミュレーション
27.3%
「最大」にブラジルが選ばれる率シミュレーション

取締役会での説明の順番

  1. 結論:台湾を提案。韓国はほぼ同点の次点
  2. 直感と違う理由:水増しはないが、データの薄い見積りほど最大を選ぶと上振れを引く。補正なしでは平均12.5億円下回る
  3. 前提の開示:過去の散らばり SD8 に依存。SD15 ならブラジルが1位。前提の出所を示す
  4. ブラジルの扱い:捨てない。第二候補として、会話を3社→30社に増やす安い情報収集から
  5. 投資家資料:「台湾から始め、データで次を選ぶ規律」を物語にする。38億は使わない(使うなら ±40億の幅と一緒に)

採らなかった案

  • ブラジルで行く:補正後の期待値が最下位。物語は5年間の結果を変えない
  • 台湾+ブラジル同時:経営の注意を割り、最初の失敗の原因を切り分けられない
  • 一律3割引き:順位は変わらない。問題は水増しでなく誤差の違い
  • 補正は内部だけ、結論だけ出す:前提1つで順位が変わる判断を隠すと、取締役会が判断の質を検証できない

正解が無い理由:補正の前提自体が件数の少ない過去事例からの推定で、その不確かさまで入れると台湾とブラジルの差は確信できるほど大きくない。問われているのは「正しい国」ではなく、前提と分岐点を開示して判断する規律。

自己評価(解答後に記入)
  • なぜ最大の見積りが上振れしやすいかを自分の言葉で説明できたか
  • w を計算して順位の逆転を確かめたか
  • 前提(SD8/15)で結論が変わる点を説明の中に入れたか
自分の考え・解答メモ:
気づき・メモ:

扱わなかった範囲・文献

問扱わなかったこと
Q1多重代入法・逆確率重み付け・Heckman 選択モデル(いずれも仮定を置いて点推定を出す手法)。景品表示法は適用範囲と消費者庁2024年報告への言及のみで、個別の違反判断はしていない
Q2過分散補正とケースミックス補正の具体的モデル。DORA の他の3指標との組み合わせ
Q3国の間の誤差の相関(為替・景気)、リスク回避的な評価。パイロットの価値は「選び直し可能」の単純化で、パイロット自体の売上は数えていない
  • Manski (1989), "Anatomy of the Selection Problem", Journal of Human Resources, 24(3), 343–360
  • Hansen & Hurwitz (1946), "The Problem of Non-Response in Sample Surveys", JASA, 41(236), 517–529
  • AAPOR, Standard Definitions — https://aapor.org/standards-and-ethics/standard-definitions/
  • 消費者庁(2024年9月)「No.1表示に関する実態調査報告書」/景品表示法 第5条第1号
  • Spiegelhalter (2005), "Funnel plots for comparing institutional performance", Statistics in Medicine, 24(8), 1185–1202
  • Deming (1986), Out of the Crisis, MIT Press(共通原因と特別原因)
  • DORA, Accelerate State of DevOps Report (2024) — https://dora.dev/
  • Smith & Winkler (2006), "The Optimizer's Curse", Management Science, 52(3), 311–322
  • Capen, Clapp & Campbell (1971), "Competitive Bidding in High-Risk Situations", Journal of Petroleum Technology, 23(6), 641–653

今日のまとめ・次回へ

今日のまとめ:答えた人だけ(Q1)、件数の少ないチームが両端に来る順位(Q2)、最大の見積りを選ぶ操作(Q3)——歪みは選ばれ方で生まれる。仮定なしの範囲・偶然の範囲・補正後の値を出してから結論を書く。

次回(土)Thinking-B:Q3 の「結論→直感と違う理由→前提→分岐点」の順は、そのまま取締役会・投資家への説得の型になる。明日は正しい分析を相手が動ける形に変える側を扱う。