Day 035 — PdM-要求: PRDの基本構成

2026-09-23 (Wed) 🟢 Junior PdM-要求(要求要件・企画) 成果物: PRD + 採らなかった案の記録

🎬 シナリオ

MOps チームが運営する自社ECサイトでは、購入者が商品ページにレビュー(★1〜5+本文)を投稿できる。しかし投稿は少なく、マーケティング部門が次の四半期の施策として「レビュー投稿でポイントを付与する機能」を持ち込んできた。

マーケティング部長の要望は、次の2点がセットになっている。

  1. レビューを投稿した購入者に100ポイントを付与し、★4以上のレビューには追加で200ポイントのボーナスを付ける
  2. 商品ページ最上部に「おすすめレビュー」枠を作り、★4以上のレビューだけを最大3件表示する

マーケ部長の言い分は「レビューがある商品は売れている。レビューの数を増やし、良いレビューを目立たせれば CVR(購入率)が上がる」というもので、アクセス解析の数字を根拠に持ってきた。

一方、法務担当から待ったがかかった。2023年10月1日から、いわゆるステルスマーケティングが景品表示法の不当表示として規制されている(令和5年内閣府告示第19号)。法務担当は「★4以上という評価を条件にポイントを出すと、そのレビューは会社の広告(事業者の表示)とみなされうる。そうなると全部に『広告』と書く必要が出る。消費者庁のQ&Aに近い例がある」と指摘している。

商品部(MD)のバイヤーからは「メーカーへの品質フィードバックは★1〜2のレビューが一番役に立つ。低評価が減ったり埋もれたりするのは困る」。さらに先週から別チームが「なりすましレビュー対策」を開発中で、CS部門は「ポイントを付けると、なりすまし投稿の動機が増えるのでは」と心配している。

確認できている制約・データ(出所ラベルつき):

項目値出所
月間出荷注文数約120,000件実測 受注DB、直近3ヶ月平均
レビュー投稿率(注文あたり)1.8%(約2,160件/月)実測
取扱SKU数 / うちレビュー0件8,000 / 4,400(55%)実測
商品ページCVR:レビュー5件以上 / 0件3.4% / 2.1%実測 アクセス解析
全レビューの平均★4.1実測
マーケ部門のポイント原資予算月80万円(1pt=1円)決定済み
返品受付期間商品到着後8日間社内規程
開発体制エンジニア2・デザイナー1・QA1、6週間決定済み
💬
プロダクトオーナー「マーケ案をそのまま通すと法務が止める。法務の言う通りにだけすると、マーケは『じゃあ何のためにやるの』となる。MDと CS の懸念も入れて、なぜこの形にしたか・何を捨てたかが後から読んでも分かる PRD を書いてほしい」

📝 課題

あなたのタスク: 「レビュー投稿インセンティブ機能」の PRD を作成してください。

  • 背景/課題/ゴール/非ゴール/要件/成功指標/オープンな論点 の7セクションを必ず含める
  • 加えて 「検討した案と採らなかった理由」 の表を1つ入れる
  • 成功指標には 現状値・目標値・目標値の根拠(どう計算したか) を書く。「明確に改善」のような数字の無い目標は不可

🔍 ヒント(段階的開示)

ヒント1: マーケ案の分解
マーケ案は「ポイント付与」と「高評価だけを目立たせる」の2つの別々の施策が1つにまとまっている。分けて評価すると、片方は採れて片方は採れない、という答えが出せる。
ヒント2: 3.4% vs 2.1% の読み方
これは相関であって因果ではない。もともと売れている商品にレビューが集まっているだけかもしれない。「レビューを増やせば CVR が1.3ポイント上がる」と読んで目標値にすると、後で説明がつかなくなる。
ヒント3: 目標値の逆算
予算(月80万円)と1件あたりのポイント額から「何件までなら払えるか」が逆算できる。目標値はここから導ける。
ヒント4: ガードレール指標
ポイントを付けると「良かったです」だけの投稿や、なりすまし投稿も増えうる。評価に関係なくポイントを出すなら、★の分布(平均★4.1)は本来大きく動かないはず。分布が動いたら何かが歪んでいるサインとして使える。

📚 背景知識・用語解説

PRD の7セクションは「読む人の疑問の順番」: 背景(何が起きているか)→課題(何が問題か)→ゴール(どうなれば成功か)→非ゴール(何をしないか)→要件(何を作るか)→成功指標(どう測るか)→オープンな論点(まだ決まっていないこと)。承認者はこの順に「なぜやる?」「本当に問題?」「どこまでやる?」「どう確かめる?」と問う。PRD はその問いに先回りして答える文書である。

「採らなかった案」を書く理由: 最終案だけの PRD では、半年後に「なぜ★4以上ボーナスをやらなかったの?」と聞かれても誰も答えられない。Amazon の6ページ文書や ADR(Architecture Decision Record)が代替案の記載を求めるのと同じ理由で、判断の根拠と、前提が変わったら判断を見直す条件を残す。

⚖️
ステマ告示と「事業者の表示」(一次資料)
  • 令和5年内閣府告示第19号、2023年10月1日施行 — 消費者庁 ステルスマーケティング規制(参照日 2026-09-23)
  • ステルスマーケティングに関するQ&A(参照日 2026-09-23)
    • Q7: 購入者にクーポン等を提供してレビュー投稿を依頼しても、内容の指示がなく割引程度の対価なら、そのレビューは通常「事業者の表示」には当たらない
    • Q6: 同じ割引でも「星5」を付けることを条件にすると「事業者の表示」に当たり、そのことを明瞭にしないと告示違反
  • 分かれ目は「ポイントを出すこと」ではなく「評価の内容を条件にすること」。マーケ案の★4以上ボーナスは Q6 側に近い
  • Q&A は「通常は」という書き方。PRD には「Q&Aの該当箇所」と「法務の確認結果」を分けて書く

相関と因果: 「レビュー5件以上の商品は CVR 3.4%、0件は2.1%」は、人気商品ほどレビューが集まるという逆向きの関係でも説明できる。レビュー増加で CVR が上がるかは、同条件の2群を比べる(A/Bテスト)まで分からない。因果が未確認の数字は成功指標の目標値にしない。

ガードレール指標: 伸ばしたい指標(レビュー数)とは別に、悪化させてはいけない指標(原資・投稿の質・評価分布の歪み)を先に決めておく。インセンティブ施策は数字が伸びやすい反面、中身が劣化しやすい。

✅ 模範解答

📄
PRD: レビュー投稿インセンティブ機能

1. 背景

  • レビュー投稿率は注文あたり1.8%(約2,160件/月)。8,000 SKU のうち55%(4,400 SKU)はレビュー0件で、判断材料の無い商品が半数を超えている
  • レビュー5件以上の商品ページ CVR は3.4%、0件は2.1%。ただし相関であり、因果は未検証
  • マーケ部門から「投稿100pt+★4以上に200ptボーナス」「★4以上だけのおすすめ枠」の提案
  • ステマ告示(2023年10月1日施行)により、評価内容を条件に対価を出したレビューは「事業者の表示」とみなされうる(Q&A Q6)
  • 商品部は★1〜2のレビューをメーカーへの品質フィードバックに使っている
  • 別チームが「なりすましレビュー対策」を開発中(依存関係あり)

2. 課題

  • 購入検討者の課題: レビュー0件の商品が55%あり、品質・サイズ感などの判断材料が無い。本PRDで解く中心課題
  • 事業の課題: 投稿率1.8%では、新商品が十分なレビューを得るまで時間がかかる
  • マーケ案の課題: 「投稿数を増やす施策」と「高評価を目立たせる施策」が一体になっている。前者は購入検討者の課題に効くが、後者は判断材料を偏らせ、課題と逆向き。さらに★4以上ボーナスは Q6 に当たり、全対象レビューに事業者の表示であることの明示が必要。「広告」表記のレビューが並べばレビュー全体の信頼が落ちる

3. ゴール

  • 購入確定済みの購入者に、評価の内容に関係なく一律のポイントで投稿を促し、レビュー0件の SKU を減らす
  • 「事業者の表示」に当たらない設計(Q&A Q7 型)で実施し、法務のレビューを通過する
  • ★1〜2のレビューも従来どおり見える状態を保ち、商品部の品質フィードバックを損なわない

4. 非ゴール(今回やらないこと)

対象外理由
評価(★)によってポイント額を変えることQ6 に当たり、全対象レビューへの明示が必要。明示すれば信頼が落ち、施策の目的と矛盾する
★の高さで選んだ「おすすめ枠」判断材料を偏らせる。代わりに「参考になった」順と★分布グラフを出す(F5)
写真・動画付きレビューへの上乗せ画像の審査体制(不適切画像・他社画像の転載)が無い。6週間に入らない
楽天等の外部モール店舗のレビューモールごとの規約で決まり、自社ECとは別管理
なりすまし検知ロジックそのもの別チームが開発中。本PRDは判定結果を受けて付与を保留する連携だけ(F4)

5. 検討した案と採らなかった理由

案内容判断理由判断が変わる条件
A. マーケ原案投稿100pt+★4以上に200pt、★4以上のおすすめ枠不採用Q6 に当たる。明示すれば信頼が落ち、しなければ告示違反。どちらでも目的を達しない評価条件を外した時点でB案になる
B. 一律ポイント評価に関係なく、条件を満たす投稿に一律100pt採用Q7 型。予算内に収まる。低評価も同じ扱いで商品部の懸念にも応える8週で投稿率3%未満ならポイント額の見直し、またはC案へ
C. 依頼メール改善のみ送信を「到着3日後」→「返品期間明け(到着9日後)」に変更、件名改善B案と併用原資ゼロで試せるが単独の効果は未知。B案と同時に入れる(F6)B案が法務で止まったら、C案単独で先行
D. 抽選で1,000pt投稿者から抽選で高額ポイント不採用懸賞として景品規制の確認が別途必要。当選者管理も増え、原資の見通しが立てにくい一律ポイントの効果が頭打ちになったら再検討

6. 要件

機能要件

ID要件詳細
F1投稿対象の限定その商品を購入し、返品受付期間(到着後8日間)を過ぎて購入が確定した会員のみ。1注文×1商品につき1回
F2一律ポイント付与F3 を通過した投稿に100pt。★の値はポイント額に一切影響させない(コード上も★を参照しない)
F3最低品質の自動審査本文30文字以上。同一会員の定型文(直近の自分の投稿と本文一致)は対象外。不採用時は理由を表示
F4なりすまし検知との連携別チームの判定で「要確認」の投稿は付与を保留し、CS確認後に付与または取消
F5表示ロジックの中立化一覧は「新しい順」既定、「参考になった順」を追加。★分布グラフを常時表示。★で選別した枠は作らない
F6投稿依頼メールの改善到着9日後(購入確定後)に送信。「★の評価に関係なく100pt」「率直なご意見を」と明記し、内容の指示と取られる表現を避ける
F7投稿画面の案内「ポイントは評価の内容にかかわらず付与されます」と表示

非機能要件

ID要件詳細
N1付与ログの保持投稿ID・会員ID・付与額・付与日時・★を保存し、「★と付与額に関係が無い」ことを後から集計で示せるようにする(法務・監査向け)
N2原資の上限停止当月の付与額が80万円に達したら新規付与を停止(投稿受付は継続)。マーケ担当に通知

7. 成功指標

予算上限: 800,000円 ÷ 100pt = 8,000件/月 → 8,000 ÷ 120,000注文 = 6.7%(上限)
目標: 上限に張り付くと月末に N2 停止が起きる → 余裕を持たせ 5.0% = 6,000件 = 60万円/月
種別指標現状値目標(8週後)根拠
主指標レビュー投稿率1.8% 実測5.0%導出 上の計算
主指標レビュー1件以上の SKU 比率45% 実測55%仮定 増分の一部が0件 SKU に入る想定。4週後に分布を見て見直す
ガードレール月間ポイント原資約21.6万円相当 導出80万円以下決定済みの予算
ガードレール平均★4.1 実測4.1±0.2仮定 評価に中立なら分布は大きく動かない。超えたら偏りを調査
ガードレールF3不採用率・なりすまし保留率計測なし各10%以下仮定 超えたら低品質・不正投稿の増加とみなし条件を見直す
検証CVR の変化3.4% vs 2.1%(相関のみ)目標値は置かない会員単位 A/B(告知あり/なし)で投稿率差を測る。CVR 影響は別途分析(論点)
🛑
止める基準(Kill Criteria): 8週後に投稿率が3.0%未満、または平均★が±0.2を超えて動き原因が特定できない場合は、ポイント付与を停止して C案(メール改善のみ)に戻す。

8. オープンな論点

  • 法務の最終確認: Q7 は「通常は」という書き方。F6 メール文面と F7 案内文の法務確認が済むまで依頼メールを送らない(担当: PdM、期限: 開発2週目)
  • CVR への効果の測り方: SKU単位の比較か表示の A/B か、リサーチ担当と要相談。マーケが最も知りたい数字なので、測り方を決めずに開始しない
  • ポイントの有効期限と会計処理: 有効期限・引当金の計上方法は経理と未合意
  • なりすまし対策の完成時期: F4 は別チームの判定 API に依存。間に合わない場合は「投稿後24時間保留→CS抜き取り確認」で代替するか要判断

💡 なぜこう作るのか

1
マーケ案を「ポイント付与」と「高評価の選別表示」に分けて評価した。一体のままだと「全部やめる」か「全部やる」の二択になる。分ければ、ポイント付与は採れて選別表示は採れないと判断でき、マーケの目的(投稿数を増やす)も残せる。
2
代替案の表に「判断が変わる条件」の列を作った。D案(抽選)に「一律が頭打ちになったら再検討」と書いておけば、次の四半期に同じ議論を最初からやり直さずに済む。
3
目標値5.0%を予算から逆算した。「投稿率を上げる」だけでは、どこまで上がれば成功か分からない。予算上限6.7%と、上限に張り付いた場合の月末停止という運用上の問題から、5.0%に理由が付く。
4
CVR には目標値を置かなかった。3.4% vs 2.1% は相関。「CVR +1.3pt」を目標にすると、未達時に施策の問題か数字の読み違いか分からなくなる。代わりに測り方を論点に残した。
5
平均★をガードレールにした。評価に中立な設計なのに平均★が動いたら、依頼文や表示のどこかに偏りが入った証拠。法的な中立性をデータで継続的に確かめる仕組みでもある。

⚠️ よくある失敗パターン

失敗パターンなぜ問題か改善策
マーケ案をそのまま要件に書き、法務で差し戻される開発開始後に「★条件ボーナス不可」と分かり、画面・ロジック・文面の作り直しになる法令に関わる要件は PRD 段階で一次資料(Q6/Q7)に当て、該当箇所を書く
法務の指摘を受けて「ポイント施策は中止」とだけ書くマーケの目的が消え、レビュー0件55%という課題が放置される何が問題か(評価を条件にすること)を特定し、そこだけを外した案を出す
「CVR が1.3pt高い」を施策の効果として目標にする相関を因果と読んでいる未検証の数字は背景に置き、検証方法を論点に書く
成功指標が投稿数だけ中身の無い投稿・なりすましが増えても「成功」に見える不採用率・保留率・平均★・原資をガードレールとして並べる
採用案だけを書き、却下した案を残さない「なぜやらなかったのか」に答えられず、同じ議論を繰り返す代替案の表に「理由」と「判断が変わる条件」を書く

🏆 実務での使いどころ

レビュー・口コミ・友達招待・アンバサダーなど、顧客に対価を払って何かを発信してもらう施策は、EC・アプリのグロース施策として頻繁に持ち込まれ、2023年10月以降はすべてステマ告示の確認対象になった。「法務に聞く」で止まらず、Q&A のどの番号に当たるかを自分で読み、「どこを外せば通るか」を要件レベル(F2 で★を参照しない、N1 で付与ログを残す)に落とせると、法務・マーケ双方と話が早くなる。N1 のように「後から中立性を証明できるデータを残す」要件は、エンジニアだからこそ最初から入れられる部分である。

🚀 次のステップ

  • F2・F3 をユーザーストーリーと受け入れ条件(テーマ4-2・4-3)に分解する。例: 「★1・本文35文字・購入確定済み → 100pt付与」「★5・本文20文字 → 不採用、理由を表示」のように、★がポイントに影響しないことを境界値テストとして書く
  • 「CVR への効果の測り方」は PdM-リサーチ(A/Bテスト設計)の題材。会員単位 A/B で投稿率の差を検出するのに必要なサンプル数を計算してみる
  • 自分への問い: マーケ部長が「★4以上ボーナスをやめるなら予算は出さない」と言ったら、この PRD のどこをどう書き換えるか

🧭 扱わなかった範囲(この演習の限界)

  • 景品表示法の景品規制(懸賞の上限額など)の詳細は、D案を不採用にしたため扱っていない
  • ポイントの会計処理(引当金など)は経理の専門領域として論点に残しただけ
  • 「実測」ラベルの数値は演習シナリオ上の設定値であり、実在企業のデータではない

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