🎬 シナリオ
MOps チームが運営する自社ECサイトでは、購入者が商品ページにレビュー(★1〜5+本文)を投稿できる。しかし投稿は少なく、マーケティング部門が次の四半期の施策として「レビュー投稿でポイントを付与する機能」を持ち込んできた。
マーケティング部長の要望は、次の2点がセットになっている。
- レビューを投稿した購入者に100ポイントを付与し、★4以上のレビューには追加で200ポイントのボーナスを付ける
- 商品ページ最上部に「おすすめレビュー」枠を作り、★4以上のレビューだけを最大3件表示する
マーケ部長の言い分は「レビューがある商品は売れている。レビューの数を増やし、良いレビューを目立たせれば CVR(購入率)が上がる」というもので、アクセス解析の数字を根拠に持ってきた。
一方、法務担当から待ったがかかった。2023年10月1日から、いわゆるステルスマーケティングが景品表示法の不当表示として規制されている(令和5年内閣府告示第19号)。法務担当は「★4以上という評価を条件にポイントを出すと、そのレビューは会社の広告(事業者の表示)とみなされうる。そうなると全部に『広告』と書く必要が出る。消費者庁のQ&Aに近い例がある」と指摘している。
商品部(MD)のバイヤーからは「メーカーへの品質フィードバックは★1〜2のレビューが一番役に立つ。低評価が減ったり埋もれたりするのは困る」。さらに先週から別チームが「なりすましレビュー対策」を開発中で、CS部門は「ポイントを付けると、なりすまし投稿の動機が増えるのでは」と心配している。
確認できている制約・データ(出所ラベルつき):
| 項目 | 値 | 出所 |
|---|---|---|
| 月間出荷注文数 | 約120,000件 | 実測 受注DB、直近3ヶ月平均 |
| レビュー投稿率(注文あたり) | 1.8%(約2,160件/月) | 実測 |
| 取扱SKU数 / うちレビュー0件 | 8,000 / 4,400(55%) | 実測 |
| 商品ページCVR:レビュー5件以上 / 0件 | 3.4% / 2.1% | 実測 アクセス解析 |
| 全レビューの平均★ | 4.1 | 実測 |
| マーケ部門のポイント原資予算 | 月80万円(1pt=1円) | 決定済み |
| 返品受付期間 | 商品到着後8日間 | 社内規程 |
| 開発体制 | エンジニア2・デザイナー1・QA1、6週間 | 決定済み |
📝 課題
あなたのタスク: 「レビュー投稿インセンティブ機能」の PRD を作成してください。
- 背景/課題/ゴール/非ゴール/要件/成功指標/オープンな論点 の7セクションを必ず含める
- 加えて 「検討した案と採らなかった理由」 の表を1つ入れる
- 成功指標には 現状値・目標値・目標値の根拠(どう計算したか) を書く。「明確に改善」のような数字の無い目標は不可
🔍 ヒント(段階的開示)
ヒント1: マーケ案の分解
ヒント2: 3.4% vs 2.1% の読み方
ヒント3: 目標値の逆算
ヒント4: ガードレール指標
📚 背景知識・用語解説
PRD の7セクションは「読む人の疑問の順番」: 背景(何が起きているか)→課題(何が問題か)→ゴール(どうなれば成功か)→非ゴール(何をしないか)→要件(何を作るか)→成功指標(どう測るか)→オープンな論点(まだ決まっていないこと)。承認者はこの順に「なぜやる?」「本当に問題?」「どこまでやる?」「どう確かめる?」と問う。PRD はその問いに先回りして答える文書である。
「採らなかった案」を書く理由: 最終案だけの PRD では、半年後に「なぜ★4以上ボーナスをやらなかったの?」と聞かれても誰も答えられない。Amazon の6ページ文書や ADR(Architecture Decision Record)が代替案の記載を求めるのと同じ理由で、判断の根拠と、前提が変わったら判断を見直す条件を残す。
- 令和5年内閣府告示第19号、2023年10月1日施行 — 消費者庁 ステルスマーケティング規制(参照日 2026-09-23)
- ステルスマーケティングに関するQ&A(参照日 2026-09-23)
- Q7: 購入者にクーポン等を提供してレビュー投稿を依頼しても、内容の指示がなく割引程度の対価なら、そのレビューは通常「事業者の表示」には当たらない
- Q6: 同じ割引でも「星5」を付けることを条件にすると「事業者の表示」に当たり、そのことを明瞭にしないと告示違反
- 分かれ目は「ポイントを出すこと」ではなく「評価の内容を条件にすること」。マーケ案の★4以上ボーナスは Q6 側に近い
- Q&A は「通常は」という書き方。PRD には「Q&Aの該当箇所」と「法務の確認結果」を分けて書く
相関と因果: 「レビュー5件以上の商品は CVR 3.4%、0件は2.1%」は、人気商品ほどレビューが集まるという逆向きの関係でも説明できる。レビュー増加で CVR が上がるかは、同条件の2群を比べる(A/Bテスト)まで分からない。因果が未確認の数字は成功指標の目標値にしない。
ガードレール指標: 伸ばしたい指標(レビュー数)とは別に、悪化させてはいけない指標(原資・投稿の質・評価分布の歪み)を先に決めておく。インセンティブ施策は数字が伸びやすい反面、中身が劣化しやすい。
✅ 模範解答
1. 背景
- レビュー投稿率は注文あたり1.8%(約2,160件/月)。8,000 SKU のうち55%(4,400 SKU)はレビュー0件で、判断材料の無い商品が半数を超えている
- レビュー5件以上の商品ページ CVR は3.4%、0件は2.1%。ただし相関であり、因果は未検証
- マーケ部門から「投稿100pt+★4以上に200ptボーナス」「★4以上だけのおすすめ枠」の提案
- ステマ告示(2023年10月1日施行)により、評価内容を条件に対価を出したレビューは「事業者の表示」とみなされうる(Q&A Q6)
- 商品部は★1〜2のレビューをメーカーへの品質フィードバックに使っている
- 別チームが「なりすましレビュー対策」を開発中(依存関係あり)
2. 課題
- 購入検討者の課題: レビュー0件の商品が55%あり、品質・サイズ感などの判断材料が無い。本PRDで解く中心課題
- 事業の課題: 投稿率1.8%では、新商品が十分なレビューを得るまで時間がかかる
- マーケ案の課題: 「投稿数を増やす施策」と「高評価を目立たせる施策」が一体になっている。前者は購入検討者の課題に効くが、後者は判断材料を偏らせ、課題と逆向き。さらに★4以上ボーナスは Q6 に当たり、全対象レビューに事業者の表示であることの明示が必要。「広告」表記のレビューが並べばレビュー全体の信頼が落ちる
3. ゴール
- 購入確定済みの購入者に、評価の内容に関係なく一律のポイントで投稿を促し、レビュー0件の SKU を減らす
- 「事業者の表示」に当たらない設計(Q&A Q7 型)で実施し、法務のレビューを通過する
- ★1〜2のレビューも従来どおり見える状態を保ち、商品部の品質フィードバックを損なわない
4. 非ゴール(今回やらないこと)
| 対象外 | 理由 |
|---|---|
| 評価(★)によってポイント額を変えること | Q6 に当たり、全対象レビューへの明示が必要。明示すれば信頼が落ち、施策の目的と矛盾する |
| ★の高さで選んだ「おすすめ枠」 | 判断材料を偏らせる。代わりに「参考になった」順と★分布グラフを出す(F5) |
| 写真・動画付きレビューへの上乗せ | 画像の審査体制(不適切画像・他社画像の転載)が無い。6週間に入らない |
| 楽天等の外部モール店舗のレビュー | モールごとの規約で決まり、自社ECとは別管理 |
| なりすまし検知ロジックそのもの | 別チームが開発中。本PRDは判定結果を受けて付与を保留する連携だけ(F4) |
5. 検討した案と採らなかった理由
| 案 | 内容 | 判断 | 理由 | 判断が変わる条件 |
|---|---|---|---|---|
| A. マーケ原案 | 投稿100pt+★4以上に200pt、★4以上のおすすめ枠 | 不採用 | Q6 に当たる。明示すれば信頼が落ち、しなければ告示違反。どちらでも目的を達しない | 評価条件を外した時点でB案になる |
| B. 一律ポイント | 評価に関係なく、条件を満たす投稿に一律100pt | 採用 | Q7 型。予算内に収まる。低評価も同じ扱いで商品部の懸念にも応える | 8週で投稿率3%未満ならポイント額の見直し、またはC案へ |
| C. 依頼メール改善のみ | 送信を「到着3日後」→「返品期間明け(到着9日後)」に変更、件名改善 | B案と併用 | 原資ゼロで試せるが単独の効果は未知。B案と同時に入れる(F6) | B案が法務で止まったら、C案単独で先行 |
| D. 抽選で1,000pt | 投稿者から抽選で高額ポイント | 不採用 | 懸賞として景品規制の確認が別途必要。当選者管理も増え、原資の見通しが立てにくい | 一律ポイントの効果が頭打ちになったら再検討 |
6. 要件
機能要件
| ID | 要件 | 詳細 |
|---|---|---|
| F1 | 投稿対象の限定 | その商品を購入し、返品受付期間(到着後8日間)を過ぎて購入が確定した会員のみ。1注文×1商品につき1回 |
| F2 | 一律ポイント付与 | F3 を通過した投稿に100pt。★の値はポイント額に一切影響させない(コード上も★を参照しない) |
| F3 | 最低品質の自動審査 | 本文30文字以上。同一会員の定型文(直近の自分の投稿と本文一致)は対象外。不採用時は理由を表示 |
| F4 | なりすまし検知との連携 | 別チームの判定で「要確認」の投稿は付与を保留し、CS確認後に付与または取消 |
| F5 | 表示ロジックの中立化 | 一覧は「新しい順」既定、「参考になった順」を追加。★分布グラフを常時表示。★で選別した枠は作らない |
| F6 | 投稿依頼メールの改善 | 到着9日後(購入確定後)に送信。「★の評価に関係なく100pt」「率直なご意見を」と明記し、内容の指示と取られる表現を避ける |
| F7 | 投稿画面の案内 | 「ポイントは評価の内容にかかわらず付与されます」と表示 |
非機能要件
| ID | 要件 | 詳細 |
|---|---|---|
| N1 | 付与ログの保持 | 投稿ID・会員ID・付与額・付与日時・★を保存し、「★と付与額に関係が無い」ことを後から集計で示せるようにする(法務・監査向け) |
| N2 | 原資の上限停止 | 当月の付与額が80万円に達したら新規付与を停止(投稿受付は継続)。マーケ担当に通知 |
7. 成功指標
目標: 上限に張り付くと月末に N2 停止が起きる → 余裕を持たせ 5.0% = 6,000件 = 60万円/月
| 種別 | 指標 | 現状値 | 目標(8週後) | 根拠 |
|---|---|---|---|---|
| 主指標 | レビュー投稿率 | 1.8% 実測 | 5.0% | 導出 上の計算 |
| 主指標 | レビュー1件以上の SKU 比率 | 45% 実測 | 55% | 仮定 増分の一部が0件 SKU に入る想定。4週後に分布を見て見直す |
| ガードレール | 月間ポイント原資 | 約21.6万円相当 導出 | 80万円以下 | 決定済みの予算 |
| ガードレール | 平均★ | 4.1 実測 | 4.1±0.2 | 仮定 評価に中立なら分布は大きく動かない。超えたら偏りを調査 |
| ガードレール | F3不採用率・なりすまし保留率 | 計測なし | 各10%以下 | 仮定 超えたら低品質・不正投稿の増加とみなし条件を見直す |
| 検証 | CVR の変化 | 3.4% vs 2.1%(相関のみ) | 目標値は置かない | 会員単位 A/B(告知あり/なし)で投稿率差を測る。CVR 影響は別途分析(論点) |
8. オープンな論点
- 法務の最終確認: Q7 は「通常は」という書き方。F6 メール文面と F7 案内文の法務確認が済むまで依頼メールを送らない(担当: PdM、期限: 開発2週目)
- CVR への効果の測り方: SKU単位の比較か表示の A/B か、リサーチ担当と要相談。マーケが最も知りたい数字なので、測り方を決めずに開始しない
- ポイントの有効期限と会計処理: 有効期限・引当金の計上方法は経理と未合意
- なりすまし対策の完成時期: F4 は別チームの判定 API に依存。間に合わない場合は「投稿後24時間保留→CS抜き取り確認」で代替するか要判断
💡 なぜこう作るのか
⚠️ よくある失敗パターン
| 失敗パターン | なぜ問題か | 改善策 |
|---|---|---|
| マーケ案をそのまま要件に書き、法務で差し戻される | 開発開始後に「★条件ボーナス不可」と分かり、画面・ロジック・文面の作り直しになる | 法令に関わる要件は PRD 段階で一次資料(Q6/Q7)に当て、該当箇所を書く |
| 法務の指摘を受けて「ポイント施策は中止」とだけ書く | マーケの目的が消え、レビュー0件55%という課題が放置される | 何が問題か(評価を条件にすること)を特定し、そこだけを外した案を出す |
| 「CVR が1.3pt高い」を施策の効果として目標にする | 相関を因果と読んでいる | 未検証の数字は背景に置き、検証方法を論点に書く |
| 成功指標が投稿数だけ | 中身の無い投稿・なりすましが増えても「成功」に見える | 不採用率・保留率・平均★・原資をガードレールとして並べる |
| 採用案だけを書き、却下した案を残さない | 「なぜやらなかったのか」に答えられず、同じ議論を繰り返す | 代替案の表に「理由」と「判断が変わる条件」を書く |
🏆 実務での使いどころ
レビュー・口コミ・友達招待・アンバサダーなど、顧客に対価を払って何かを発信してもらう施策は、EC・アプリのグロース施策として頻繁に持ち込まれ、2023年10月以降はすべてステマ告示の確認対象になった。「法務に聞く」で止まらず、Q&A のどの番号に当たるかを自分で読み、「どこを外せば通るか」を要件レベル(F2 で★を参照しない、N1 で付与ログを残す)に落とせると、法務・マーケ双方と話が早くなる。N1 のように「後から中立性を証明できるデータを残す」要件は、エンジニアだからこそ最初から入れられる部分である。
🚀 次のステップ
- F2・F3 をユーザーストーリーと受け入れ条件(テーマ4-2・4-3)に分解する。例: 「★1・本文35文字・購入確定済み → 100pt付与」「★5・本文20文字 → 不採用、理由を表示」のように、★がポイントに影響しないことを境界値テストとして書く
- 「CVR への効果の測り方」は PdM-リサーチ(A/Bテスト設計)の題材。会員単位 A/B で投稿率の差を検出するのに必要なサンプル数を計算してみる
- 自分への問い: マーケ部長が「★4以上ボーナスをやめるなら予算は出さない」と言ったら、この PRD のどこをどう書き換えるか
🧭 扱わなかった範囲(この演習の限界)
- 景品表示法の景品規制(懸賞の上限額など)の詳細は、D案を不採用にしたため扱っていない
- ポイントの会計処理(引当金など)は経理の専門領域として論点に残しただけ
- 「実測」ラベルの数値は演習シナリオ上の設定値であり、実在企業のデータではない