TPPPO設定

Time(いつ)10月第1週の金曜、16時40分。部活の無い日で、校内は静か。来週水曜(10/7)16時から、本人・母親・あなたの三者面談(15分枠)が入っている
Place(どこで)千葉県の県立高校の進路相談室。机2つの小さな個室で、ドアは閉まるが壁は薄い。隣は進路指導部の事務スペースで、同僚が出入りする(英語版では、アメリカの公立高校のあなたの教室。放課後15時50分、大学出願エッセイの個別面談)
Person(相手)3年4組の女子・ユイ(17歳)。総合型選抜(出願)の志望理由書の「なぜ関西のその大学か」が書けない。理由は、その大学に通う同性の恋人がいること。母親には言っていない。母親は以前テレビを見て「ああいうのは気持ち悪い」と言った。ユイは、打ち明けると決めてから1週間迷っていた。声は小さく、早口。笑ってごまかそうとして、うまくいかない
Position(あなたの立場)教職12年目、3年4組の担任。志望理由書の指導役。校内には学年主任、養護教諭、スクールカウンセラー(週1回、火曜)、進路指導部がある。志望理由書は進路指導部も読む。同僚の中には、職員室で生徒の家庭の話を笑って話す人がいる(あなた自身は、そうは思っていない)
Occasion(状況・目的)打ち明けられた場面。①評価も詮索もせず、まず受け止める ②「誰にも言わないでください」に、約束できる範囲と例外を、正直に先に言う ③水曜の三者面談で母親に聞かれたとき、嘘も暴露もしない言い方を、本人と一緒に決める ④志望理由書は、嘘を書かず、恋人のことも書かずに書けると伝える ⑤家に知られたときの安全を、責めずに一度だけ聞く ⑥次の一手を、日時つきで1つ決める

手元の事実(あなたが持っている情報)

項目内容
志望理由書(ユイの下書き)「その大学の○○学科の授業内容」について2段落は書けている。3段落目の「なぜ地元を離れてまで関西か」を、2回書いて消した跡がある
三者面談(来週水曜 10/7 16:00)母親が同席する。母親は毎回「なんでわざわざ関西まで」と聞くと、ユイが言っている。進路指導部は、志望校の調整のために志望理由書の中身を見る
ユイが言った母親の言葉「ああいうのは気持ち悪い」(テレビで同性カップルを見たとき)。ユイは「バレたら学費を出してもらえないかもしれない」とも言っている
校内の相談先養護教諭、スクールカウンセラー(火曜)、学年主任。まだ誰にも、この件は話していない
守秘公立学校の教員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない(地方公務員法 第34条)。ただし校内で必要な共有まで禁じるものではなく、共有の範囲と相手は本人の意向を踏まえる、というのが国の文書の考え方(下の「制度的な位置づけ」)
志望校の出願総合型選抜の出願は1か月後。志望理由書は嘘を書いてはいけないが、すべての事情を書く義務もない

※ 人物・日付・時刻・学校の体制はシーン設定のための仮定であり、実在の生徒や学校のものではない。

シーン描写

It's 3:50 on a Friday in early October. The building is quiet. You're in your classroom with Maya Torres, 17, a senior in your homeroom, for a Common App essay conference. Her draft answers "Why Portland?" with two solid paragraphs about a program and then stops. Her third paragraph has been written and deleted twice — you can see the ghost of it in the document history she's showing you. You have a meeting with Maya and her mother on Wednesday at 4:00, fifteen minutes each, to go over her application list.

Maya keeps laughing a little in the wrong places. She asked twice whether the door was closed. She's been circling something for a week.

What you know: nothing yet about why. What you do know is that the counselor reads these essays before they go out, and that the teacher workroom has a couple of people who talk about students' home lives like it's gossip. You have never been that person. Maya may not know that.

10月第1週の金曜、16時40分。校内は静かだ。進路相談室で、3年4組のユイと、志望理由書の個別面談をしている。「なぜ関西のその大学か」の下書きは、授業内容の2段落までは書けているのに、3段落目の「なぜ地元を離れてまで」が、2回書いて消した跡のまま止まっている。来週水曜の16時に、ユイと母親とあなたで、15分の三者面談がある。

ユイは、おかしくない所で少し笑う。ドアが閉まっているか、2回確かめた。1週間くらい、何かの周りをぐるぐるしていたのだと分かる。

あなたが知っているのは、まだ「理由が書けない」ということだけだ。志望理由書は進路指導部も読むこと。職員室には、生徒の家庭の話を笑い話にする同僚がいること。あなた自身はそういう人間ではないが、ユイがそれを知っているかどうかは分からない。

相手のセリフ

"Can I tell you something and you don't tell anyone? Not my mom, not Mr. Hale, not the counselor. ...The real reason I picked Portland is my girlfriend. She's a freshman there. We met on swim team. ...You're not going to look at me different now, right? My mom said once, watching the news, that she 'doesn't need to see that.' I don't know what she'd do."

(after you answer) "Wednesday my mom's going to ask, 'Why so far?' She always asks. So what are you going to do — lie? Or just say it? ...Last year I heard a teacher in the workroom laughing about some kid's family stuff. How do I know you're not that person?"
「……先生、これから言うこと、誰にも言わないでもらえますか。親にも、他の先生にも。……志望理由書の『なんで関西か』、本当のことが書けなくて。その大学に、付き合ってる人がいるんです。女の人で、部活の先輩で。……引いてますよね。母には言ってません。前に母、テレビ見て『ああいうのは気持ち悪い』って言ってて。バレたら、学費、出してもらえないかもしれなくて」

(あなたが答えたあと) 「水曜の面談で、母、絶対『なんでわざわざ関西』って聞くんです。そのとき先生、どうするんですか。嘘つくんですか。それとも、言っちゃうんですか。……先生のこと、信じていいんですか。去年、職員室で別の先生が、生徒の家の事情を笑って話してたの、聞いたことがあって」

あなたの課題

この立場になりきって応答してください。英語版・日本語版それぞれで考えてみましょう。応答は次の2つを含めること。
・最初の返し:「引いてますよね」に答え、「誰にも言わないで」に、約束できることと例外を先に言う。詮索の質問(いつから、相手はどんな人、など)はしない
・2回目の返し:「嘘つくんですか、言っちゃうんですか」「信じていいんですか」に答える。面談で聞かれたときの言い方を決め、家に知られたときの安全を一度だけ聞き、次の一手を日時つきで1つ提案して終える

ヒント1: トーンの方向性
ユイが一番知りたいのは、「話したことで、先生の見る目が変わったか」と「この話がどこまで広がるか」の2つ。だから最初に答えるのは、感想や励ましではなく、この2つ。「引いていません」は短く、事実として言う。「話してくれてありがとう」は一度だけ。それ以上に感動したり、「勇気がいったね」と評価したりすると、ユイが話した内容より、話した「行為」が中心になり、重くなる。

守秘の約束は、「絶対に誰にも言わない」と言いたくなるところで、止まる。例外(命や安全が危ないとき)を言わずに「絶対」と言えば、それは嘘の約束になり、後で破ることになる。例外は、怖がらせないように短く、その代わり「そのときも先にあなたに言う」を必ずセットにする。

2回目は、「嘘をつく」と「言ってしまう」の二択に乗らない。第三の道(「それはユイさん本人が話すことです」)を、実際の言葉で示す。
ヒント2: 使うべき表現・語彙
英語: "I'm not looking at you any differently." "Here's exactly what I can promise." "Unless you say I can." "That's Maya's to tell." 相手の言葉をそのまま使う("girlfriend" と言われたら "girlfriend")。教師の側から "gay" "lesbian" "coming out" などの語を足さない。

日本語: 生徒への対応なので、丁寧語を崩しすぎず、ただし距離を取りすぎない(「〜だよ」と「〜です」の間。「〜ね」「〜よ」を使う)。ユイが「付き合ってる人」と言ったなら、同じ「付き合ってる人」を使う。教師から「同性愛」「カミングアウト」「LGBT」といった語を足さない。「約束できること」「約束できないこと」の2つに分けて話すと、守秘の線が見える。「いつかお母さんにも話せるといいね」「応援してるよ」は言わない(時期を決めるのはユイで、応援は評価になる)。
ヒント3: 構成の型
最初の返し: ①短い礼(一度) → ②「引いていない」を事実として言う → ③守秘:約束できること(私から、ユイさんが許すまで、母親にも他の先生にも言わない/校内で共有が要るときは先に聞く)→ ④例外を1つ、短く(命や安全が危ないとき。その場合も先に伝える)→ ⑤質問は1つだけ、「今日、私に何をしてほしい?」の形
2回目の返し: ⑥「嘘はつかない。でも私から言うこともしない」と、第三の道を言う → ⑦面談での実際の言い方を、声に出して決める(「それはユイさん本人が話すことです。授業の面では〜」)→ ⑧志望理由書は、その大学の学びの中身を書けば、嘘にならず、恋人のことも書かずに書けると伝える → ⑨職員室の件:言葉で信じさせようとせず、「行動を見てて」と言う → ⑩安全:「もしお母さんに知られたら、家ではどうなりそう?」を一度だけ聞く → ⑪次の一手:面談前の打ち合わせを、2候補の日時で出す
(first response — don't rush to fill the silence after "You're not going to look at me different now, right?") "Thank you for telling me. I'm not looking at you any differently — you're the same Maya who sat down in here ten minutes ago.
Let me tell you exactly what I can promise, so you don't have to guess. I won't tell your mom, Mr. Hale, the counselor — anyone — unless you say I can. If anything at school ever needs more than me knowing, I ask you first. There's one exception, and I'd rather say it now than surprise you later: if I thought you were in danger — if you were thinking of hurting yourself, or you weren't safe at home — I wouldn't keep that to myself. And even then, I'd tell you what I was going to do before I did it. Does that make sense?
I don't have a bunch of questions for you. I only have one: what would help most from me today?"

(to "What are you going to do — lie? Or just say it? ... How do I know you're not that person?") "I'm not going to lie, and I'm not going to say it for you. If your mom asks me Wednesday why Portland, I'll say, 'That's Maya's to tell. What I can tell you is the program is a real fit for her' — which is true. We can practice that right now if you want, so there's no surprise in the room.
And your essay doesn't need the third paragraph you keep deleting. You can write the real reasons about the program, and it's honest. Your girlfriend doesn't have to be in it.
About the workroom — you heard what you heard, and you don't have to take my word for it. Watch what I do. You won't find yourself in anything I say in there.
One question, and it's not a trap: if your mom did find out, what do you think happens at home? ... I can't promise I could fix it. But if there's a risk to your housing or your tuition, I'd want us to have a plan before it's a crisis.
Can we do fifteen minutes Monday at 12:30 in my room to run Wednesday and fix that paragraph? Or Tuesday at 3:30 if that's better. Your pick."
解説(英語)
  • 語彙選択: "I'm not looking at you any differently" は、相手の "look at me different" をそのまま受け返す。"Thank you for telling me" は一度だけにして、褒めない("brave" などの評価語を避ける)。"girlfriend" は本人の語をそのまま使い、教師から "gay" "coming out" を足さない。"That's Maya's to tell" は、「秘密にする」でも「嘘をつく」でもなく、「話す権利は本人にある」という所有の言い方。
  • トーン: 例外は "I'd rather say it now than surprise you later" と、怖がらせないための理由つきで言い、すぐに "I'd tell you what I was going to do before I did it" で、本人を置き去りにしないと添える。職員室の件は "Watch what I do" と、言葉ではなく行動に預ける。
  • 構成: 質問は最初の返しで1つ(何がほしいか)、2回目で1つ(家で何が起きそうか)だけ。詮索(いつから、相手は誰)は入れていない。次の一手は、昼休みと放課後の2候補で、本人が選べる。
(最初の返し。「引いてますよね」のあとの沈黙を、すぐに埋めない。ゆっくり) 「話してくれて、ありがとう。引いてないよ。見る目も変わらない。さっきここに座ったユイさんと、同じユイさんです。
約束できることを、先に言うね。ユイさんが『いいよ』と言うまで、私から、お母さんにも、他の先生にも、言いません。校内で私ひとりが知っている以上のことが必要になったら、そのときは先にユイさんに聞きます。
例外が1つだけあります。あとで驚かせたくないから、今言うね。ユイさんの命や安全が危ないと私が思ったときは、私ひとりでは抱えません。そのときも、何をするかを、する前にユイさんに伝えます。
質問攻めにするつもりはないんだ。聞きたいのは1つだけ。今日、私にしてほしいことは何かな」

(「嘘つくんですか、言っちゃうんですか」「信じていいんですか」に) 「嘘はつきません。でも、私から言うこともしません。水曜にお母さんから『なんで関西なんですか』と聞かれたら、『それはユイさん本人が話すことです。学びの面では、その大学の○○学科が合っていると私は思います』と答えます。これは本当のことだから。今、声に出して一緒に練習してもいいよ。当日、驚くことがないように。
志望理由書も、3段落目を無理に書かなくて大丈夫。その大学の学びの中身で書けば、嘘にならないし、付き合ってる人のことを書かなくても成り立ちます。
職員室のこと。聞いたことは、そのとおりだと思う。私の言葉だけで信じなくていいです。私が何をするか、見ていてください。職員室で、ユイさんのことが話に出ることはありません。
ひとつだけ聞かせてね。責めてるんじゃないよ。もしお母さんに知られたら、家では、どうなりそうですか。……私が全部なんとかできるとは言えません。でも、学費や家のことが心配なら、それが本当に起きる前に、一緒に先に考えておきたい。
面談の前に、15分だけ打ち合わせさせてください。来週月曜の12時40分に進路相談室か、火曜の放課後16時30分。ユイさんの都合のいいほうで」
解説(日本語)
  • 敬語レベル: 生徒への対応なので、「です・ます」と「だよ・ね」を混ぜる。「ユイさんが『いいよ』と言うまで、私から〜言いません」は丁寧語で約束の線を固く言い、「聞きたいのは1つだけ」「責めてるんじゃないよ」は柔らかくして、取り調べにしない。「ご理解ください」のような依頼の敬語は使わない。ユイは説得される側ではなく、決める側だから。
  • 一人称・語尾: 一人称は「私」。「先生は」とは言わない(生徒の前で自分を「先生」と呼ぶと、役割の距離が出る場面だが、ここでは近さを優先した)。「付き合ってる人」はユイの語をそのまま使い、「同性愛」「カミングアウト」「応援してる」は一度も言っていない。応援は評価になり、ユイが話した内容を「認められる側」に置くから。
  • クッション言葉: 「あとで驚かせたくないから、今言うね」は、例外という怖い話を、先に言う理由として包む。「責めてるんじゃないよ」は、家のことを聞く質問を、詮索ではなく備えとして聞くための前置き。「私の言葉だけで信じなくていい」は、信頼を要求しないことで、かえって信頼の入口になる。
英語 × 日本語 対比ノート
① 守秘の約束の土台が違う。 日本の公立学校の教員は地方公務員で、職務上知り得た秘密を守る義務がある(地方公務員法 第34条)。ただし、本問の根拠として使えるのは、法律より、国の文書の考え方だ。文部科学省の教職員向け周知資料(2016年4月)は、性同一性障害や「性的マイノリティ」とされる児童生徒が「自身のそうした状態を秘匿しておきたい場合がある」と述べ、教職員が相談を受けたときは「まずは悩みや不安を聞く姿勢を示すことが重要」としている。同じ資料は、校内の情報共有では「情報を共有する意図を十分に説明・相談し理解を得つつ」進めることを求める。これは通知や周知資料で、法的な拘束力のある規則ではない。アメリカには、これに当たる全国一律の文書はなく、教師の守秘は、学区の方針、州法、専門職の倫理に左右される。FERPA(家族の教育上の権利とプライバシーに関する法律)は教育記録の閲覧・開示の法律で、教師が個人用に持つだけのメモは「教育記録」の定義から除かれている(34 CFR §99.3。本セッションでは条文を再確認していない)。つまり英語版の教師は、「何を約束できるか」を言う前に、自分の学区の方針を知っているか、が現実の分かれ目になる。

② 「例外」の形が違う。 日本の2015年通知(性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について)は、支援を「最初に相談を受けた者だけで抱え込むことなく、組織的に取り組むことが重要」とする。つまり日本の教師には、守秘と「抱え込まない」の緊張が、制度のなかに最初からある。その解き方が、「共有するときは本人に先に聞く」という形になる。模範解答の日本語版の「私ひとりでは抱えません。そのときも、先に伝えます」は、この緊張を、そのまま生徒に見せている。アメリカの教師に法的な報告義務(mandated reporter)があるのは、虐待やネグレクトで、性的指向は対象ではない。そのため英語版の例外は、"in danger — hurting yourself, or you weren't safe at home" と、安全の一点に絞れる。

③ 面談で親に聞かれたときの言い方が違う。 英語の "That's Maya's to tell." は、「話す権利が本人にある」を、所有の形で言う。日本語の「それはユイさん本人が話すことです」は、同じ意味だが、母親の前では「ご本人が」と第三者として扱う丁寧さが入り、母親に対しては冷たく響くおそれがある。そのため日本語版の模範解答は、すぐに「学びの面では〜が合っていると私は思います」と、本当のことへつなぐ。英語版の "the program is a real fit for her" と同じ働きで、「話さない」と「嘘をつく」の間に、本当で、かつ当たり障りの無い一文を置く。

④ 呼び名を足さない。 日本語には「カミングアウト」「アウティング」「LGBT」というカタカナ語があり、大人の間では通じる。しかし、生徒の前で教師が先にその語を言うと、ユイの「付き合ってる人」という言葉が、分類に置き換えられる。英語も同様で、"girlfriend" を "gay" や "coming out" に言い換えない。アウティング(本人の了承なく、性的指向などを他人に明かすこと)の違法性は、日本では2015年の一橋大学の事件に関する東京高裁判決(2020年11月25日)が、「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであり、許されない行為」と述べている(判決の表現は Wikipedia の要約による。原文は未確認)。ただしこの訴訟は、大学の安全配慮義務の違反は認めず、請求は棄却された。教師がやってはいけないことの線は引かれたが、教師が何をすべきかまでは、判決は決めていない。

この立場に共通する心構え

生徒が秘密を打ち明けたとき、教師がまず守るべきなのは、その秘密ではなく、「話したことで状況が悪くならなかった」という経験だ。ユイにとって、この面談で一番大切なのは、志望理由書の3段落目ではなく、「話しても、広がらなかった」という事実が水曜までに積み上がること。だから約束は大きくせず、守れる範囲に切り、守ったことを行動で見せる。

「絶対に誰にも言わない」は優しく聞こえるが、守れないかもしれない約束だ。命や安全が危ないとき、教師は一人で抱えない。それを最初に言うのは、後で約束を破るより、はるかに信頼を損なわない。そして、打ち明けた時期、話す相手、話す順番は、すべて本人のもの。教師が「いつか話せるといいね」と先を決めるのも、もう一つのアウティングに近い。

制度的な位置づけ(参考)
  • 文部科学省「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について(教職員向け)」(2016年4月1日)。PDF: https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/04/__icsFiles/afieldfile/2016/04/01/1369211_01.pdf(本セッションで本文を取得し、「秘匿しておきたい場合がある」「まずは悩みや不安を聞く姿勢を示すことが重要」「情報を共有する意図を十分に説明・相談し理解を得つつ」の記述を確認した。Q&A に、2014年の文部科学省調査で約6割の児童生徒が他の児童生徒や保護者に知らせていない、とあるが、これは性同一性障害に係る児童生徒の調査で、性的指向の調査ではない)
  • 同「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」(2015年4月30日、児童生徒課長通知)。「最初に相談を受けた者だけで抱え込むことなく、組織的に取り組むこと」を含む
  • 地方公務員法 第34条(秘密を守る義務)。公立学校の教員に適用される
  • 「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(2023年6月23日施行)。学校の設置者にも努力を求める。同日付の文部科学省通知(5文科教第592号)の存在は検索で確認したが、本文は読んでいない
  • 一橋大学アウティング事件(2015年4月)。東京地裁 2019年2月27日、東京高裁 2020年11月25日(請求棄却。高裁はアウティングを「許されない行為」とした)。判決の内容は Wikipedia の要約による
  • アメリカ側:FERPA(20 U.S.C. §1232g、34 CFR Part 99)、同 §99.3 の個人用メモの除外、教師の報告義務の範囲(州法)。いずれも一般的な仕組みで、州・学区によって違う
迷った他案と採らなかった理由
他案採らなかった理由前提が変わったら
「絶対に誰にも言わないよ」と全面的に約束する命や安全が危ないときは一人で抱えられない。例外を言わない約束は、後で破るか、危険を見逃すかの二択になる例外が実際に起きない前提は、教師には立てられない。この案が通る前提は無い
「いつかお母さんにも話せるといいね」と励ます話す時期・相手・順番を決めるのは本人。教師が先を描くのは、本人の秘密に対する介入になるユイの側から「いつか話したい、そのときどうすれば」と聞いてきたなら、そのときに一緒に考える
すぐに養護教諭・スクールカウンセラーにつなぐユイは「誰にも」と言ったばかり。同意なしに連れて行くことは、実質的にアウティングになる命や安全の心配が出たときは、本人に伝えたうえで速やかにつなぐ。ユイが自分から「SCに話してみたい」と言ったなら、火曜の枠を調整する
面談の前に母親に電話して「地ならし」をする本人の了承なく、母親に何かを示唆するだけでも、アウティングの一種になるユイ本人が「先生から先に話しておいてほしい」と頼んできたときだけ。その場合も、言う内容と言い方を本人が決める
志望理由書に「本当の理由」を書くよう勧める書かなくても出願は成り立つ。書けば進路指導部も読み、共有の範囲が、本人の意向を超えて広がるユイが「書きたい」と言い、読む人の範囲を知ったうえで選ぶなら、それは本人の判断

よくある失敗パターン

失敗なぜダメか代わりにどうするか
「いつから?」「相手はどんな人?」「誰が知ってるの?」と質問を重ねる取り調べになり、ユイは「話さなければよかった」と感じる。分類したい教師の興味でもある質問は「今日、私に何をしてほしい?」の1つにする
「勇気がいったね」「応援してるよ」と褒めるユイが話した内容が、評価される側に置かれ、重くなる。ユイが求めたのは評価ではなく、広がらないこと「ありがとう」を一度だけ言い、「引いていない」を事実として言う
「ここだけの話にするね」と、例外のない約束をする命や安全が危ないとき、守れない。後で破ると、ユイが一番恐れている形で信頼を失う約束できる範囲と例外を、先に、短く言う。例外のときも「先に伝える」をセットにする
「同性愛」「カミングアウト」「LGBT」などの語を、教師から言うユイの「付き合ってる人」が分類に置き換わる。本人がまだ使っていない語を、押し付けることになるユイが使った語をそのまま使う
水曜に母親から聞かれたら、「それは…ちょっと…」と曖昧に濁す濁し方が不自然だと、かえって母親に何かを伝える。ユイは、先生が守れるか分からないまま当日を迎える実際に言う一文を、前もって声に出して決めておく(「それはユイさん本人が話すことです。学びの面では〜」)
職員室のことを聞かれて、「そんな人ばかりじゃないよ」と弁解する言葉で信用を求めると、ユイは「証拠が無い」と感じる「私の言葉だけで信じなくていい。行動を見ていて」と、証拠の場所を行動に置く

扱わなかった範囲

自己評価

英語版: 自分で応答を考えられた
日本語版: 自分で応答を考えられた