Day 013 — 研究開発:研究計画書

社内のデータ研究枠に出す研究計画書の「研究の問いと仮説・判定方法」を、Bad → Good → Better → Best で書き分けて比べる
カテゴリ13 研究開発 読み手 Lv2 — 距離のある読み手(カタログ1周目) 2026-09-28 (Mon) 読み手:審査会の大野CTO(研究責任者)・石原CFO(出資者) 15分版 / 60分版 今日の核心:「どうなったら誤りか」を結果の前に書く
今日の最短ルート(15分しかない日):① 読み手プロファイル(30秒) → ② 4段階の Good と Better を見比べる(5分。Goodの「影響は軽微」はどんな結果でも正しかったと言える。Betterは何が出たら誤りと認めるかを先に書いている) → ③ 15分版の演習(10分)。着手しないより、3つだけやる方が良い。

今日の文書 — 研究計画書

① 対象休眠会員(180日間クリックも購入もない)33万人
欠けると:結果が悪いと対象を後から絞り直せる
② ひとつの指標12週間の購入者率(全チャネル)
欠けると:6つ並べればどれか1つは良くなる
③ 閾値0.2ポイント以上は下がらない
欠けると:「軽微」はどんな数字にも当てはまる
④ 誤りと判断する条件差の95%信頼区間の下限が −0.2pt 未満
欠けると:結果を見てから基準を決められる

研究計画書 — 研究を始める前に、「何を確かめるのか・どうやって確かめるのか・結果が出たら何をするのか」を書いて、研究の責任者と、お金や人を出す人(出資者)の承認を得る文書。大学なら科研費の申請書、製薬なら治験の実施計画書(プロトコル)、企業なら PoC(試しにやってみる検証)の計画書がこれに当たる。

この文書の勝負どころ: 検証したい仮説が反証可能か。
今日はこれを、実務の言葉に言い換える。反証可能とは、「どんな結果が出たら、この仮説は間違いだったと認めるか」を、結果を見る前に書いてあることである。書いていない仮説は、どんな結果が出ても「一定の効果が見られた」と言えてしまう。企業の PoC が「一定の効果を確認。引き続き検討」で終わり、本番化も中止も決まらない(いわゆる PoC 疲れ)のは、たいていここが原因である。

反証可能な仮説には、次の 4つ が揃っている。

要素例(今日の題材)欠けるとどうなるか
① 対象休眠会員(180日間クリックも購入もない会員)33万人結果が悪いと「対象がよくなかった」と後から絞り直せる
② ひとつの指標12週間の購入者率(サイト・アプリ・LINEを問わず)指標を6つ並べると、どれか1つは良くなる
③ 閾値送り続けた場合より0.2ポイント以上は下がらない「軽微」「一定の」は、どんな数字でも当てはまる
④ 誤りと判断する条件差の95%信頼区間の下限が −0.2pt を下回ったら誤り結果を見てから基準を決められる

この「結果を見てから仮説や基準を決め直す」ことは、研究の世界では HARKing(Hypothesizing After the Results are Known、Kerr 1998)と呼ばれ、よくある不適切な研究慣行として知られている。対策として、心理学や医学では結果を見る前に計画を登録する(事前登録)やり方が広がった。企業の研究計画書は、社内でこの事前登録の役割を果たす文書である。

シナリオ

あなたは株式会社ノヴァストア EC事業本部・販促システム部の MOpsチームマネージャー・宮田(Day004〜Day012の続き)。

2028年2月7日(月)。Gmail の送信者向けの管理画面(Postmaster Tools)で、当社のメールの 迷惑メール報告率が直近4週の平均で0.24% になっていた。Google の送信者ガイドラインは、大量に送る送信者に 0.1%未満を保ち、0.3%に達しないように 求めている。0.3%を超え続けると Gmail 側の救済の対象から外れ、メールが届きにくくなる(迷惑メールフォルダに入る)。当社の報告率は、12/3の地震の朝(Day011)に 0.41% まで跳ね、1/10の初売りでも 0.29% だった。

MOps が調べると、メール会員96万人のうち 33万人(34%)が「休眠会員」(過去180日にメールのクリックも購入も0回)で、報告者を特定できる分の集計では、迷惑メール報告の58%がこの休眠会員から来ていた。

休眠会員への配信を止めれば、報告率は下がる。業界では「サンセット(休眠会員への配信を段階的に止める)」はよく知られた手である。ところが、マーケティング部の関課長(Day012)が反対した。

「休眠会員でも、12週間で2.9%は何か買っている。メールを開かなくても、件名を見てアプリで買う人がいるはずだ。止めて売上が落ちたら誰が責任を取るのか」

どちらの言い分にも根拠はあり、確かめる方法は、実際に一部の休眠会員への配信を止めて、止めなかった会員と比べることしかない。宮田さんは、社内の 「データ研究枠」(年2回募集。1件500万円まで。審査は研究責任者の大野CTOと、出資者の石原CFO)に研究計画書を出すことにした。締切は2/14(月)、審査会は 2/24(木)。

  • 読み手: 大野CTO(データ研究枠の研究責任者。研究の方法が正しいかを見る)、石原CFO(財務担当取締役。出資者として、費用と売上のリスクを見る)。事務局は経営企画部。2名とも新登場
  • Lv2(距離のある読み手)の回。 カタログの主な読み手(研究責任者・出資者)が、Lv2 の「経営層」にそのまま一致するため、間接読み手の設定(ルール5)は要らない
  • 面倒な事情: 2027年度のデータ研究枠では3件(AIによるおすすめ商品、需要予測、チャットボット)が採択されたが、3件とも報告書が「一定の効果が見られた。引き続き検討する」で終わり、本番にも中止にもならなかった。石原CFOは審査会で「今年は、結果が出たら何を決めるのかが書いていない計画は通さない」と言っている。また2名とも、メールの「開封率」が当てにならないこと(後述)や、迷惑メール報告率の意味を知らない

読み手プロファイル

項目内容
誰が読むかデータ研究枠の審査会。大野CTO(研究責任者)、石原CFO(出資者)の2名。事務局の経営企画部が同席
何を判断するために読むか①この研究に人と費用を出すか(承認/差し戻し/却下) ②研究のために売上をどこまで危険にさらしてよいか ③結果が出たとき、何が決まるのか
何を知っているか会社の売上と、メールが売上に効いていること(Day008以降、配信しない対照群との差で測った「メールによる増分売上」月約2,400万円を経営会議で見ている)。去年のデータ研究枠3件が結論なしで終わったこと
何を知らないか迷惑メール報告率とその0.3%の意味。休眠会員の定義。iPhone のメールで開封率が当てにならない理由。統計の細かい方法(非劣性試験、検出力)
何を気にしているかCFO: 研究で売上がいくら減るおそれがあるか、今年も「一定の効果」で終わらないか。CTO: 比べ方が正しいか、結果を後から都合よく読めない設計か
読む時間と場面審査会の前夜に 1ページ目だけ 読む。当日は1件15分(説明5分・質疑10分)。2ページ目以降は質疑で聞かれた所だけ開く
この読み手が変わると何が変わるか:
読み手が データサイエンス室の分析担当(Lv1: 味方)なら、売上リスクの金額は後ろに下げ、代わりに割り付け方・除外する会員・検定の方法・分析のコードの置き場所を細かく書く(今日の60分版)。読み手が 反対している関課長(Lv3: 利害が対立)なら、冒頭は「休眠でも件名を見て買う人がいる」という相手の仮説をそのまま書き、「それが正しければ、この研究で必ず分かる」「害が出たら6週目で止める」を先に置く。今回は 統計の専門家ではない経営層2名 なので、「売上リスクは最大いくらか」「結果が出たら何が決まるか」「どんな結果なら中止か」を1ページ目で渡し、統計の方法は2ページ目に回すのが正解。

4段階で見る — 「1. 研究の問いと仮説・判定方法」

研究計画書で最も差が出るのは、背景や予算ではなく、この部分である。今日の中心は Good→Better(仮説を反証可能にする)。Bestは、その約束を出資者が選ぶ減少幅と結果ごとの行動表にまで広げる。

🔴 Bad20行
🟡 Good14行
🟢 Better16行
🔵 Best17行
Bad
題名は「AIを活用した最適化」。
仮説なし・数字なし。
指標は「開封率…等」。
Good
型は完璧、方法も無作為比較。
でも仮説は「影響は軽微」。
6指標の半分は測れない。
Better
題名が問い。仮説は1つ。
「0.2pt以上は下がらない」
誤りと判断する条件を先に。
Best
冒頭は審査会の決定事項。
減少幅A/B/Cを出資者が選ぶ。
結果4通りの行動と中止条件。
Bad
"Leverage AI to optimize".
No hypothesis, no numbers.
"if results are positive".
Good
Standard proposal format.
"minimal impact" - by what?
Half the metrics unmeasurable.
Better
Title is a question.
"will not reduce by 0.2 pp".
"We will conclude ... wrong if".
Best
"Decisions requested".
Choose the margin A/B/C.
"Pre-committed actions".
Bad — 妥協して雑に作った状態 / 20行
研究テーマ: AIを活用した休眠顧客向けメール配信の最適化に関する研究

1. 背景
 近年、メールマーケティングを取り巻く環境は大きく変化しており、
 各種プラットフォームの規制強化により到達率の低下が懸念されている。
 当社においても休眠顧客が増加傾向にあり、対策が急務である。

2. 目的
 AI・データを活用して休眠顧客への配信を最適化し、
 エンゲージメントの向上と売上の最大化を目指す。

3. 検証内容
 休眠顧客への配信方法を見直し、開封率・クリック率・売上・苦情率等の
 指標の変化を多角的に分析する。

4. 期待効果
 到達率改善、配信コスト削減、顧客満足度向上、売上向上 等

5. 今後の進め方
 PoCを実施し、効果が確認できれば本格展開を検討する。

解説

何が起きているか:

  • 仮説がない。 「最適化」「エンゲージメントの向上」「売上の最大化」は目標であって、確かめられる主張ではない。何が起きたら失敗なのかが書かれていないので、この研究は失敗できない。失敗できない研究は、何も分からない
  • 「AIを活用した」が中身と関係ない。 実際にやりたいのは「休眠会員に送るのを止めてみる」ことで、AIは使わない。審査を通りやすくするための言葉が、研究の中身を見えなくしている
  • 指標が「等」を含めて5つ以上。 開封率・クリック率・売上・苦情率…と並べると、12週間後にどれか1つは良くなっている。良くなった指標だけを報告すれば「一定の効果」になる。去年の3件と同じ終わり方の設計である
  • 数字が1つもない。 休眠会員が何人か、報告率がいくつか、売上がいくら危ないのかが分からないので、CFOは費用とリスクを比べられない
  • 「効果が確認できれば本格展開を検討」。 何が確認できたら「効果」なのかが決まっていないうえに、確認できても「検討」で止まる
これは怠慢ではなく、「審査で落とされたくない」という不安から生まれる形である。仮説を数字で書くと、外れたときに責められる気がする。だから外れようのない言葉(最適化・向上・多角的)で書く。しかし審査する側から見ると、外れようのない計画は、お金を出しても何も決まらない計画である。今年の石原CFOが通さないのはこれである。
Bad / 19 lines
Project: AI-driven optimization of email engagement for dormant customers

Background
The email marketing landscape is rapidly evolving, and stricter platform
requirements may impact deliverability. Dormant customers are increasing.

Objective
Leverage AI and data to optimize engagement with dormant customers and
maximize revenue.

Scope
We will holistically analyze changes in open rate, CTR, revenue, complaint
rate, etc.

Expected benefits
Improved deliverability, lower costs, better CX, revenue uplift, etc.

Next steps
Run a PoC and consider a full rollout if results are positive.

英文としての型

"leverage" "holistically" "optimize engagement" は英文でも中身のない提案の合図として読まれる語。"if results are positive" は何が positive かを決めておらず、日本語版の「効果が確認できれば」と同じ穴。
Good — 型は満たしている / 14行
研究課題: 休眠会員へのメール配信停止が売上と迷惑メール報告率に与える影響

1. 背景: Gmailの送信者ガイドライン(迷惑メール報告率0.3%未満)に対し、
   当社の報告率は直近4週平均0.24%。休眠会員(180日間クリック・購入なし)は
   33万人(会員の34%)で、報告の58%を占める。
2. 目的: 休眠会員への配信を止めた場合の影響を定量的に把握する
3. 仮説: 休眠会員への配信を停止しても売上への影響は軽微であり、
   迷惑メール報告率は改善する
4. 方法: 休眠会員から無作為に抽出した群への配信を12週間停止し、
   配信を続けた群と比較する
5. 評価指標: 開封率、クリック率、購入者率、売上、配信停止率、報告率
6. 期間・体制: 2028年3月〜5月(12週間)/MOps 宮田、データサイエンス室
7. 予算: 内部工数 0.5人月(約60万円)
8. 成果物: 検証結果報告書(6月)

解説 動いた軸:③事実と解釈の分離

Badから何が変わったか:

  • ③事実と解釈の分離が動いた。背景が「環境が大きく変化」ではなく、報告率0.24%・休眠33万人・報告の58%という事実になった
  • 仮説の文が現れた。 「〜しても〜であり、〜は改善する」という、確かめる対象のある文になった
  • 方法が研究の形になった。 無作為に2群に分けて12週間比べる。これは因果を確かめる正しい方法(ランダム化比較試験。A/Bテストと同じ)で、「止める前と止めた後を比べる」よりずっと良い
  • 研究計画書の型(課題・背景・目的・仮説・方法・指標・期間・体制・予算・成果物)が全部ある。社内の書式があれば、これで提出できる

まだ足りないもの(ここが今日の本題):

  • 仮説が反証できない。 「影響は軽微」は、売上が1%下がっても5%下がっても「軽微」と言える。何ポイント下がったら仮説は誤りなのかが書かれていないので、結果を見てから「軽微」の意味を決められる
  • 指標が6つで、どれが主かが決まっていない。 しかも、止めた群にはメールが届かないので、開封率・クリック率・報告率はそもそも測れない(0か、定義できない)。6つのうち比べられるのは購入者率・売上・配信停止率の3つだけで、書いた本人もそれに気づいていない
  • 報告率の「改善」は、研究しなくても分かる。 送らなければ報告は出ない。研究で確かめるべきは、分かっていない方(止めると購入が減るか)だけである
  • 何人で比べるかがない。 人数が少なければ、本当は購入が減っていても「差は見られなかった」になる。それを「影響は軽微」と読めてしまう
  • CFOの関心に答えていない。 売上がいくら危ないのか、結果が出たら何が決まるのかがない。「成果物: 検証結果報告書」は、去年の3件と同じ終わり方である
Good / 15 lines
Title: Impact of pausing emails to dormant members on revenue and spam rate

1. Background: Our Gmail spam rate averaged 0.24% over the last 4 weeks
   (Google's threshold: 0.3%). 330K members (34%) are dormant (no clicks or
   purchases in 180 days) and account for 58% of spam reports.
2. Objective: Quantify the impact of pausing emails to dormant members.
3. Hypothesis: Pausing emails to dormant members will have a minimal impact
   on revenue and will improve the spam rate.
4. Method: Randomly assign dormant members to a pause group or a control
   group for 12 weeks and compare outcomes.
5. Metrics: open rate, CTR, purchase rate, revenue, unsubscribe rate,
   spam rate
6. Timeline and team: Mar-May 2028 (12 weeks); Miyata (MOps), Data Science
7. Budget: 0.5 person-months internal (~JPY 0.6M)
8. Deliverable: Results report (June)

英文としての型

英文の研究計画の標準の型(Background / Objective / Hypothesis / Method / Metrics)が揃っている。ただし "minimal impact" は英語でも反証できない言葉で、Goodの弱点がそのまま出ている。英文の審査者は "minimal by what threshold?" と必ず聞く。
Better — 読み手に最適化されている / 16行
研究課題: 休眠会員33万人へのメールを止めても、購入は減らないか

この研究で確かめること(1つだけ)
  休眠会員(180日間クリックも購入もない会員)への配信を止めても、
  12週間の購入者率(サイト・アプリ・LINEを問わず)は、送り続けた場合より
  0.2ポイント以上は下がらない。
  ※報告率は確かめない。送らなければ報告は出ないので、研究は要らない

仮説が誤りだと判断する条件(結果を見る前に決めておく)
  止めた群と送った群の購入者率の差の、95%信頼区間の下限が −0.2pt を
  下回ったら「止めると購入が減る」とみなし、配信を続ける

方法: 休眠会員から12万人ずつ無作為に2群に分け、3/6〜5/28の12週間比べる
     (現在の購入者率2.9%。0.2ptの減少を83%の確率で見分けられる人数)
売上のリスク: 止めた群で0.2pt下がった場合、12週間で約190万円
開封率を使わない理由: iPhoneのメールは開かなくても「開封」と記録される

解説 動いた軸:②読み手適合 / ③事実と解釈の分離

Goodから何が変わったか(★ここが今日の学習の中心):

読み手プロファイルの各項目に、変更を1対1で対応させている。

読み手プロファイルの項目Betterで行った変更
何を判断するために読むか「結果が出たとき、何が決まるのか」仮説を 「0.2ポイント以上は下がらない」 と数字で書き、「誤りだと判断する条件」を独立した欄にした。CTOは、結果を後から都合よく読めないことを1行で確かめられる。Goodの「影響は軽微」は、結果を見るまで意味が決まらなかった
何を気にしているか(CTO)「比べ方が正しいか」指標を 購入者率の1つ に絞り、「サイト・アプリ・LINEを問わず」と書いた。関課長の心配(件名を見てアプリで買う人)は、メール経由の売上だけを見ると取りこぼす。全チャネルの購入を見れば、その人たちも必ず数に入る。Goodの6指標のうち、止めた群で測れない3つ(開封・クリック・報告)も外した
何を気にしているか(CFO)「売上がいくら減るおそれがあるか」「0.2pt下がった場合、12週間で約190万円」と金額で書いた。12万人×0.2pt=240人の購入が減り、休眠会員の1人あたり購入額は12週間で7,800円なので約187万円〔導出〕。CFOが知りたいのは統計の用語ではなく、この金額である
何を知らないか「開封率が当てにならない理由」「iPhoneのメールは開かなくても開封と記録される」と1行で書いた(Apple のメールのプライバシー保護、2021年〜。画像を先に読み込むので、開封の記録が水増しされる)。これを書かないと、CFOから「開封率で見れば実験は要らないのでは」と必ず聞かれる。休眠の定義を「開封なし」ではなく「クリックも購入もなし」にした理由もこれである
何を知らないか「統計の方法」「非劣性試験」「検出力」という言葉を使わず、「0.2ptの減少を83%の確率で見分けられる人数」 と、何のための人数かで書いた。計算の中身(片側2.5%、1群12万人)は2ページ目に回した
読む時間と場面「前夜に1ページ目だけ」研究課題の名前を 問いの形(「止めても、購入は減らないか」)にした。題名を読んだだけで、何を確かめる研究か・何が分かれば終わりかが分かる。Goodの題名「〜が与える影響」は、影響があってもなくても終われる

「確かめないこと」を書いた理由: Goodは報告率の改善も仮説に入れていた。しかし止めた群にはメールが届かないので、その群の報告は必ず0になる。分かりきったことを仮説に入れると、研究は必ず「半分成功」になる。去年の3件が「一定の効果」で終われたのは、こうした「必ず当たる仮説」が1つ混ざっていたからでもある。Betterは、分かっていない方だけを仮説にした。

なぜ0.2ptか: 休眠会員の購入者率は2.9%なので、0.2ptは相対で約7%にあたる。「これ以上下がるなら止めない」という線は統計ではなく、事業の判断で決まる(Bestで審査会に選んでもらう)。

それでも残っている問題(Bestで扱う):

  • 結果が出たら何をするかが、「誤り」の場合しか書かれていない。 仮説が正しかったら全休眠会員への配信を止めるのか、いつからか。どちらとも言えない結果(信頼区間が広い)のときはどうするのか
  • 途中で止める条件がない。 本当に購入が大きく減っていたら、12週間待たずに止めるべきである。関課長の「誰が責任を取るのか」に答えていない
  • 0.2ptを誰が決めたのかが分からない。 許す減少幅は、売上のリスクを負う出資者が決めることなのに、宮田さんが決めたことになっている
  • 分からないことが書かれていない。 12週間より先の影響(止められた会員が離れていくか)は、この研究では分からない
ここで動いた軸: ②読み手適合(研究の型から、CTOの「比べ方」とCFOの「金額」へ)、③事実と解釈の分離(「軽微」という解釈から、誤りと判断する条件へ)。
Better / 15 lines
Title: Can we stop emailing 330K dormant members without losing purchases?

Hypothesis (one, pre-specified)
  Pausing emails to dormant members (no clicks or purchases in 180 days)
  will not reduce their 12-week purchase rate (any channel: web, app, LINE)
  by 0.2 percentage points (pp) or more versus continuing to email them.
  We will not test the spam rate: members we don't email cannot report us.

We will conclude the hypothesis is wrong if
  the lower bound of the 95% CI for (pause - control) falls below -0.2 pp.

Design: 120K vs 120K, randomized, Mar 6 - May 28 (12 weeks). Baseline
  purchase rate 2.9%; 83% power to detect a 0.2 pp drop.
Revenue at risk: ~JPY 1.9M over 12 weeks if the drop is exactly 0.2 pp.
Why not open rate: Apple Mail records "opens" for emails never opened.

英文としての型

仮説を "will not reduce ... by 0.2 pp or more" と否定形+閾値で書くのが、英文の非劣性の仮説の定型。"percentage points (pp)" を明記しているのが重要(後述の日英差分ノート)。"We will conclude the hypothesis is wrong if" と主語 we+未来形で判定の約束を書くのも英文の型。
Best — 読み手が意思決定できる / 17行
研究課題: 休眠会員33万人へのメールを止めても、購入は減らないか

審査会に決めていただきたいこと(2/24)
 1. この研究の承認(内部工数0.5人月・約60万円、売上のリスク 最大約190万円)
 2. 許す購入の減少幅(推奨B)
    A 0.1pt … 1群44万人が必要。休眠会員は33万人しかおらず実施できない
    B 0.2pt … 1群12万人。全休眠に広げた場合、年に最大約2,200万円の減少まで許す
    C 0.3pt … 1群5万人でリスクは小さいが、年約3,300万円の減少を見逃しうる
    Bの根拠: 報告率が0.3%を超えると、メール全体の増分売上(月約2,400万円)が
    届きにくくなる。年2,200万円は、それを防ぐ保険料の上限と考える

結果が出たら何をするか(6/8に報告。いま決めておく)
 差の下限が −0.2pt より上   → 6月中に休眠会員33万人への配信を止める
 下限は下、差そのものは上   → 止めない。期間を延ばしての再判定はしない
 差そのものが −0.2pt 以下   → 止めない。月1通に減らす案を次の研究にする
 6週時点で差が −0.5pt 以下  → その時点で中止し、止めた群への配信を再開する
この研究で分からないこと: 12週間より先の影響、休眠でない会員への影響

解説 動いた軸:①④⑤(冒頭・結果ごとの行動・中止条件)

Betterから何が変わったか:

  • ①結論の位置 → 冒頭が「審査会に決めていただきたいこと」になった。 読み手が前夜に1ページ目を開いて最初に見るのは、承認するものと金額。仮説そのもの(Betterの「確かめること」)は2ページ目の先頭に移し、題名の問いで代わりに渡した
  • ②読み手適合 → 0.2ptを「宮田さんの決めた数字」から「出資者が選ぶ数字」にした。 A/B/Cの選択肢で、減少幅を厳しくするほど人数が要り、緩くするほど見逃す売上が増えるというトレードオフを見せた。Aは「実施できない」と書いた。選べない選択肢を並べるのは、なぜBより厳しくできないかを示すためである
  • ④次の行動 → 結果の4通りに、それぞれ何をするかを先に書いた。 これが事前登録である。特に2行目「期間を延ばしての再判定はしない」が効く。結果が微妙なときに期間を延ばして、望む結果が出るまで待つと、偶然の差を「効果」と読んでしまう。延ばさないと先に書くことで、去年の3件と同じ終わり方を封じた
  • ⑤想定反論 → 関課長の「誰が責任を取るのか」を、中止の条件で先に潰した。 6週時点で −0.5pt 以下なら止める。最悪でも失う売上は、12週間続けた場合の半分ほどで済む
  • ③事実と解釈の分離 → 「分からないこと」を書いた。 12週間より先に、止められた会員がノヴァストアを忘れていくかは、この研究では分からない。分からないことを書いておくと、結果が良かったときに「休眠会員には一生送らなくてよい」と読み過ぎることを防げる
  • 削ったもの: Betterの「確かめること」の4行(2ページ目へ)、方法と人数の2行(2ページ目へ)、開封率の説明(2ページ目の「よく聞かれる質問」へ)
  • 分量: Bad(20行)、Good(14行)→ Better(16行)→ Best(17行)。Good から Best へは単調に増えた(最長は中身のない言葉を並べた Bad)。案の比較(A/B/C)と結果ごとの行動(4行)という、Betterに無かった判断の材料を足したためで、Betterから移した分より足した分が多い

なぜ減少幅を審査会に選ばせるのか — 宮田さんが迷った点:
宮田さんは最初、0.2ptを自分で決めて Better のまま出すつもりだった。審査会に選ばせると「自分で決められない担当者」に見えるおそれがある。しかし、0.2ptは「年に最大約2,200万円までの売上の減少なら受け入れる」という意味で、その判断は売上に責任を持つ側がするものである。医薬品の非劣性試験でも、許す差(非劣性マージン)は統計だけでは決まらず、臨床的な判断で事前に決めて正当化することが求められている(ICH E10、EMA のマージン選択の指針)。宮田さんは「推奨はB」と自分の案を示したうえで、選ぶ権限を出資者に渡した。

反証条件(この計画の形が変わる場合):

  • 審査会がC(0.3pt)を選んだら、1群5万人に減らす。そのぶん売上のリスクは約120万円(5万人×0.3%×7,800円)に下がるが、報告の目的(休眠会員全体に広げてよいか)には弱い結果になることを報告書にも書く
  • 3/6までに報告率が0.3%を超えたら、研究を待たずに休眠会員への配信を一時止める(届かなくなる損失の方が大きい)。そのときは研究をやめ、止めた後の購入の変化を「前後比較」で見るだけにする(因果は言えないと明記する)
今回はBestまで作るべきか: Best必要。 売上のリスクを伴う研究で、しかも出資者が「結果が出たら何を決めるのかが書いていない計画は通さない」と言っている。逆に、分析担当が自分のために書く小さな分析計画(売上のリスクがなく、自分で判断できる)なら Better で十分。誤りと判断する条件さえ先に書いてあれば、結果ごとの行動表や選択肢は過剰になる。研究計画書の品質は「誰のお金とリスクで研究するか」で決まる。
Best / 18 lines
Title: Can we stop emailing 330K dormant members without losing purchases?

Decisions requested from the Review Board (Feb 24)
 1. Approve this study: 0.5 person-months (~JPY 0.6M); revenue at risk
    up to ~JPY 1.9M.
 2. Choose the maximum acceptable drop in purchase rate (we recommend B):
    A 0.1 pp: needs 440K per group; only 330K dormant members exist.
    B 0.2 pp: 120K per group; accepts up to ~JPY 22M/yr if rolled out.
    C 0.3 pp: 50K per group; lower exposure, but may miss ~JPY 33M/yr.
    Why B: above a 0.3% spam rate, ~JPY 24M/month of incremental email
    revenue is at risk. We treat JPY 22M/yr as the ceiling on that insurance.

Pre-committed actions (results on Jun 8)
 Lower bound above -0.2 pp        -> pause all 330K dormant members in June
 Lower bound below, estimate above -> do not pause; no extension to re-test
 Estimate at or below -0.2 pp     -> do not pause; test monthly emails next
 At week 6, estimate <= -0.5 pp   -> stop the study; resume emails
Out of scope: effects beyond 12 weeks; effects on non-dormant members.

英文としての型

"Decisions requested" で始めるのは、英文の役員向け文書の BLUF(結論を先に)の型。"Pre-committed actions" は事前登録の考え方をそのまま見出しにした言い方で、英文の審査者には「後から読み替えない」という約束として伝わる。選択肢は A/B/C+"we recommend B" が定型。

日英差分ノート

1. 「0.2ポイント」は、英語では必ず "percentage points" と書く

日本語のビジネス文書では「0.2ポイント下がる」と書けば、ほとんどの読み手が「2.9%が2.7%になる」ことだと分かる。英語で "a 0.2% drop" と書くと、「2.9%の0.2%分(=2.894%)」とも読めてしまう。今日の数字では、0.2 percentage points は相対で約7%の減少で、"0.2%" と "0.2 pp" の間には35倍の開きがある。英文の実験計画では、差を "pp"(percentage points)、比を "relative %" と書き分けるのが基本である。日本語でも「0.2%減」と書く誤りはよく見るので、日本語版でも「ポイント」を省略しないこと。

2. 判定の約束を、英語は「we+未来形」、日本語は「〜とみなす」で書く

英文の研究計画は "We will conclude the hypothesis is wrong if..." と、主語を立てて約束の形で書く。日本語は主語を省いて「〜を下回ったら誤りとみなす」と書くのが自然で、それで十分に通じる。ただし日本語では誰が判定するのかが抜けやすいので、Best全文では「判定: データサイエンス室が計算し、審査会に報告する」と主語を補った。

3. 「反証」という言葉は、日本語の経営層には硬すぎる

英語の "falsifiable" は研究の文脈では普通の言葉だが、日本語の「反証可能性」「反証条件」は、経営層向けの文書では哲学の用語に見える。日本語版は 「仮説が誤りだと判断する条件」 と言い換えた。英語版も審査者が研究者でないので、"falsification criteria" ではなく "We will conclude the hypothesis is wrong if" と平易に書いた。

頻出表現

日本語Englishトーンの強さ・使う場面
この研究で確かめることhypothesis (pre-specified)強い。1つに絞るときに
仮説が誤りだと判断する条件we will conclude the hypothesis is wrong if強い。結果を見る前に書く
〜ポイント以上は下がらないwill not reduce ... by X pp or more強い。非劣性の仮説の型
見分けられる確率(検出力)power (e.g., 83% power to detect)中立。人数の根拠
売上のリスクrevenue at risk強い。出資者向け
結果ごとの行動(事前に決める)pre-committed actions / decision rules強い。事前登録の中身
期間を延ばして再判定はしないno extension to re-test強い。後から読み替えない約束
この研究で分からないことout of scope / limitations中立。読み過ぎを防ぐ
影響は軽微minimal impact弱い。閾値がないと反証できない
一定の効果が見られたshowed some positive signals弱い。何も決まらない報告の合図

差分5軸まとめ

軸🔴 Bad🟡 Good🟢 Better🔵 Best
① 結論の位置ない(目的は「最大化」)仮説は3番目、「影響は軽微」題名が問い、冒頭に仮説1つ冒頭に「決めていただきたいこと」
② 読み手適合審査を通すための言葉(AI・最適化)研究計画の標準の型CTOに比べ方、CFOに金額許す減少幅を出資者が選ぶ
③ 事実と解釈の分離数字なし背景は事実。仮説は解釈のまま誤りと判断する条件を事前に分からないことも明記
④ 次の行動「本格展開を検討」「報告書(6月)」誤りの場合だけ決まっている結果4通りの行動と中止条件
⑤ 想定反論無視触れない「開封率で見れば?」に答える「誰が責任を?」に中止条件で
分量(実測)20行(最長)14行16行17行
今回の学習の中心は Good → Better。 Goodは研究計画書の型をすべて満たし、方法もランダム化比較で正しい。それでも 「影響は軽微」という仮説は、どんな結果が出ても正しかったと言える。さらに指標を6つ並べたせいで、止めた群では測れない指標が半分混ざっていた。Betterは仮説を1つにし、「どうなったら誤りか」を結果の前に書いた。Bestはその約束を、出資者が選ぶ減少幅と、結果ごとの行動表にまで広げた。反証可能な仮説とは、書いた本人が「負け」の条件を先に宣言した仮説である。

Best版・全文

ここまでは1ページ目の上半分を比べてきた。以下は Best 水準の研究計画書の全文(1ページ目=決めていただきたいこと・結果ごとの行動・分からないこと、2ページ目=背景・仮説・方法・費用とリスク・よく聞かれる質問)。

日本語版 全文を見る(73行)
データ研究枠 研究計画書
研究課題: 休眠会員33万人へのメールを止めても、購入は減らないか
提出: 2028年2月14日(月) 研究代表: EC事業本部 販促システム部 MOps 宮田
分析: データサイエンス室(1名) 審査会: 2月24日(木)

━━ 1ページ目 ━━

■ 審査会に決めていただきたいこと
 1. この研究の承認
    費用: 内部工数0.5人月(約60万円。MOps 0.2人月、データサイエンス室 0.3人月)
    売上のリスク: 最大約190万円(止めた群で購入者率が0.2pt下がった場合、12週間)
 2. 許す購入の減少幅(推奨B)
    A 0.1pt … 1群44万人が必要。休眠会員は33万人しかおらず実施できない
    B 0.2pt … 1群12万人。全休眠に広げた場合、年に最大約2,200万円の減少まで許す
    C 0.3pt … 1群5万人でリスクは約120万円と小さいが、年約3,300万円の減少を見逃しうる
    Bの根拠: 迷惑メール報告率が0.3%を超えると、Gmailでメールが届きにくくなり、
    メール全体の増分売上(月約2,400万円)が危うくなる。年2,200万円は、
    それを防ぐための保険料の上限と考える

■ 結果が出たら何をするか(6/8に報告。いま決めておく)
 判定: 止めた群と送った群の購入者率の差(止めた群−送った群)と、その95%信頼区間
       データサイエンス室が計算し、審査会に報告する
 ・差の下限が −0.2pt より上      → 6月中に休眠会員33万人への配信を止める
 ・下限は下、差そのものは上      → 止めない。期間を延ばしての再判定はしない
 ・差そのものが −0.2pt 以下      → 止めない。月1通に減らす案を次の研究にする
 ・6週時点(4/17)で差が −0.5pt 以下 → その時点で中止し、止めた群への配信を再開

■ この研究で分からないこと
 ・12週間より先の影響(止められた会員が、ノヴァストアを忘れていくか)
 ・休眠でない会員(63万人)への影響。配信の回数を減らす効果
 ・LINE の配信の効果(LINE はこの研究で変えない)

━━ 2ページ目 ━━

■ なぜこの研究が要るか
 ・迷惑メール報告率: 直近4週平均0.24%。12/3(地震の朝)に0.41%、1/10(初売り)に0.29%
   Googleの送信者ガイドラインは0.1%未満を保ち、0.3%に達しないよう求めている
 ・休眠会員(過去180日にクリックも購入も0回): 33万人(メール会員96万人の34%)
   迷惑メール報告の58%が休眠会員から(報告者を特定できる分の集計)
 ・休眠会員への配信を止めると、報告率は約0.15%に下がる見込み(計算: 0.24%×0.42÷0.66)
 ・一方で、休眠会員の12週間の購入者率は2.9%。メールがその購入を生んでいるのかは
   分からない(マーケティング部 関課長: 件名を見てアプリで買う人がいるはず)

■ この研究で確かめること(1つだけ)
 休眠会員への配信を止めても、12週間の購入者率(サイト・アプリ・LINEを問わず)は、
 送り続けた場合より0.2ポイント以上は下がらない。
 ※報告率は確かめない。送らなければ報告は出ないので、研究は要らない

■ 方法
 ・対象: 3/6時点の休眠会員。既存の対照群(配信しない10%)の会員は除く
 ・割り付け: 無作為に12万人ずつ「止める群」「送り続ける群」に分ける。残りは今までどおり
 ・期間: 3/6(月)〜5/28(日)の12週間。止める群には販促メールを送らない
   (注文確認・発送通知・パスワード再設定などの取引のメールは送る)
 ・集計: 割り付けた全員で比べる(途中で休眠でなくなった会員も除かない)
 ・人数の根拠: 購入者率2.9%、許す差0.2pt、片側2.5%、1群12万人で検出力83%
 ・ゴールデンウィークを含むが、両群に同じように入るので比較には影響しない

■ 費用とリスク
 ・内部工数 0.5人月(約60万円)。外部への支払いはない
 ・配信費は止めた群の分だけ減る(12万人×週4通×12週=576万通、約58万円)
 ・売上のリスク: 差が−0.2ptなら約190万円(12万人×0.2%×7,800円)。
   中止条件(6週時点で−0.5pt以下)が働く場合、失う売上は約230万円までにとどまる見込み

■ よく聞かれる質問
 Q. 開封率を見れば、実験しなくても分かるのでは?
 A. iPhone のメール(2021年〜)は、受け取った時点で画像を読み込むため、開いていなくても
    「開封」と記録されます。当社の会員の多くが iPhone を使っており、開封率は当てになりません。
    休眠の定義に開封を使わないのも同じ理由です。
 Q. 業界ではサンセット(休眠会員への配信停止)が常識なら、研究せずに止めればよいのでは?
 A. 当社の休眠会員は12週間で2.9%が購入しており、メールがその購入を生んでいるかは
    分かりません。止めて売上が減っていても、前後の比較では季節の変動と見分けがつきません。
 Q. 休眠会員に送らないのは、会員に不利益では?
 A. 販促メールを送らないだけで、取引のメールは送ります。会員はいつでも配信を再開できます。
English 全文を見る(72行)
Data Research Program - Study Proposal
Title: Can we stop emailing 330K dormant members without losing purchases?
Submitted: Mon, Feb 14, 2028 | PI: Miyata (MOps, EC Division)
Analysis: Data Science Office (1 analyst) | Review Board: Thu, Feb 24

=== PAGE 1 ===

DECISIONS REQUESTED
 1. Approve this study
    Cost: 0.5 person-months internal (~JPY 0.6M; MOps 0.2, Data Science 0.3)
    Revenue at risk: up to ~JPY 1.9M (if the pause group's 12-week purchase
    rate drops by exactly 0.2 pp)
 2. Choose the maximum acceptable drop in purchase rate (we recommend B)
    A 0.1 pp: needs 440K per group; only 330K dormant members exist.
    B 0.2 pp: 120K per group; accepts up to ~JPY 22M/yr if rolled out.
    C 0.3 pp: 50K per group; ~JPY 1.2M at risk, but may miss ~JPY 33M/yr.
    Why B: above a 0.3% spam rate, Gmail may stop delivering our emails,
    putting ~JPY 24M/month of incremental email revenue at risk. We treat
    JPY 22M/yr as the ceiling on the insurance premium against that.

PRE-COMMITTED ACTIONS (results on Jun 8)
 Measure: difference in purchase rate (pause - control) with its 95% CI,
 computed by Data Science and reported to the Board.
 - Lower bound above -0.2 pp          -> pause all 330K dormant members in June
 - Lower bound below, estimate above  -> do not pause; no extension to re-test
 - Estimate at or below -0.2 pp       -> do not pause; test monthly emails next
 - At week 6 (Apr 17), estimate <= -0.5 pp -> stop the study; resume emails

WHAT THIS STUDY WILL NOT TELL US
 - Effects beyond 12 weeks (whether paused members drift away from us)
 - Effects on non-dormant members (630K) or of lower send frequency
 - Effects of LINE messages (unchanged in this study)

=== PAGE 2 ===

WHY NOW
 - Gmail spam rate: 0.24% (4-week average); 0.41% on Dec 3 (earthquake
   morning), 0.29% on Jan 10 (New Year sale). Google asks bulk senders to
   stay below 0.1% and never reach 0.3%.
 - Dormant members (no clicks or purchases in 180 days): 330K (34% of 960K),
   accounting for 58% of spam reports (where the reporter is identifiable).
 - Pausing them would bring the spam rate to ~0.15% (0.24% x 0.42 / 0.66).
 - Yet 2.9% of dormant members buy within 12 weeks. We do not know whether
   our emails cause those purchases.

HYPOTHESIS (one, pre-specified)
 Pausing emails to dormant members will not reduce their 12-week purchase
 rate (any channel) by 0.2 pp or more versus continuing to email them.
 We will not test the spam rate: members we don't email cannot report us.

DESIGN
 - Population: dormant as of Mar 6, excluding the existing 10% holdout
 - Randomization: 120K pause / 120K control; the rest continue as usual
 - Period: Mar 6 - May 28 (12 weeks). Transactional emails still go out.
 - Analysis: intention-to-treat (everyone as assigned)
 - Sample size: baseline 2.9%, margin 0.2 pp, one-sided alpha 2.5%,
   120K per group -> 83% power
 - Golden Week falls in the period but affects both groups equally.

COST AND RISK
 - 0.5 person-months internal (~JPY 0.6M); no external spend
 - Send cost saved in the pause group: 5.76M emails (~JPY 0.58M)
 - Revenue at risk: ~JPY 1.9M at a 0.2 pp drop (120K x 0.2% x JPY 7,800);
   capped at ~JPY 2.3M if the week-6 stopping rule is triggered

FAQ
 Q: Why not just look at open rates?
 A: Since 2021, Apple Mail preloads images, so emails are recorded as
    "opened" even when they are not. Open rates are unreliable for us.
 Q: Sunsetting dormant members is standard practice. Why not just do it?
 A: 2.9% of our dormant members still buy within 12 weeks. A before/after
    comparison could not separate the effect of the pause from seasonality.

完成の定義チェックリスト

研究計画書を出す前に必ず確認する。「雑・妥協」を防ぐための外部基準。1つでも未チェックがあれば、まだ出さない。

進捗 0 / 9

今日の演習

15分版 — まずこれだけでもやる

Good版の仮説「休眠会員への配信を停止しても売上への影響は軽微であり、迷惑メール報告率は改善する」を、反証可能な1文に書き直す。

手順:

  1. Good版の仮説を2つに分ける(「売上への影響は軽微」「報告率は改善する」)
  2. それぞれ「研究しないと分からないか」を判定する。分かりきっている方を消す
  3. 残った方に、4つの要素(①対象 ②ひとつの指標 ③閾値 ④誤りと判断する条件)を入れて書き直す
  4. 書いた文を、Betterの「この研究で確かめること」「仮説が誤りだと判断する条件」と見比べる

④を1行で書けたら、今日の目的は達成。閾値の数字が Better と違っていてもよい(0.2pt は事業の判断で決まる数字なので、自分が出資者ならいくつにするかを考える方が大事)。

60分版

同じ研究を、データサイエンス室の分析担当(Lv1: 味方)向けの「分析計画書」に書き直す。題材は自分の職場の検証(なければ下の設定)。

設定(自分の題材がない場合): 審査会はB(0.2pt)で承認した。分析担当の堀さん(データサイエンス室)が3/6に割り付けを実行し、6/8に結果を出す。堀さんはメール配信の仕組みを知らないが、統計には詳しい。

守る条件:

  • 金額の話(売上のリスク・保険料)は1行に減らし、代わりに 割り付けの方法(乱数の種、層別するか)・除外する会員・主な指標の計算式・検定の方法・6週時点の中間の見方 を書く
  • 「結果を見てから変えてよいこと」と「変えてはいけないこと」を分けて書く
  • 途中で休眠でなくなった会員(止めた群でもアプリで買えば休眠でなくなる)をどう扱うかを1行で書く
  • 最後に、この分析計画書は Better 止めでよいか、Best が要るかを1行で判定する
取り組む前のヒント

考える順序

  1. 読み手が変わると、1ページ目に来るものが変わる。CFOには「金額と、結果ごとの行動」、分析担当には「何をどう計算するか、何を変えてはいけないか」
  2. 「変えてはいけないこと」の中心は、主な指標・閾値・判定の方法・期間。これを変えると、結果を見てから基準を選べてしまう(HARKing)
  3. 途中で休眠でなくなった会員を除くと、「止めた群では買った人が抜けていく」偏りが入る。割り付けた全員で比べる(ITT: intention-to-treat)のが原則

陥りやすい罠

  • 分析担当向けだからと、統計の手法を何種類も書いてしまう。手法を複数書くと、結果を見て都合の良い方を選べる。主な分析は1つに決め、他は「参考」と明記する
  • 中間の見方(6週時点)で「効果がありそうなら早く止める」まで入れてしまう。今回の中間は「害がはっきりしたら中止」のためだけにある。良い結果での早期終了は入れない

チェックすべき観点
書き上げたら「半年後に別の分析担当が、この計画書だけを見て同じ結果を再現できるか」と「結果を見た後で、変えたくなる箇所がどこにも残っていないか」の2点を確かめる。

実務での使いどころ

研究計画書は、研究の入口にあたる。出口の報告書で何が書けるかは、入口の計画書で決まっている。

関係文書この研究計画書との関係
前マーケティング計画書(マーケティング#1、Day008)配信しない対照群(ホールドアウト)で増分売上を測る仕組みは、Day008で入れたもの。今日の「メールの増分売上 月約2,400万円」もそこから来ている
前部門BCP(危機管理・BCP#1、Day011)12/3の地震の朝に報告率が0.41%まで跳ねたことが、この研究の背景の1つ
横分析計画書(今日の60分版)研究計画書は出資者のための約束、分析計画書は分析担当のための約束。同じ研究で2つ書く
後実験レポート(研究開発#2)6/8の報告。計画書の「結果が出たら何をするか」の表のどの行に当たったかを最初に書く。計画書の判定条件を報告書で書き換えていないかが、審査会が最初に見るところになる
後技術ブログ記事(研究開発#4)結果が出たら「休眠会員への配信を止めた実験」として社外に発信できる題材。開封率を使わなかった理由は、他社の担当者にも役立つ
現場で一番効くのは、研究を始める前に「この研究が失敗したら、報告書の1行目に何と書くか」を書いてみること。 失敗したときの1行目が書けなければ、その仮説はまだ反証できない。「一定の効果が見られた」しか書けないなら、その研究はまだ始める準備ができていない。

この回の設計メモ(迷った他案・扱わなかった範囲・出所)

迷った他案と採らなかった理由
  • 汎用の研究開発型企業B社(製造業の材料研究など)を舞台にする案 — SKILL.md はEC企業で自然に起きないカテゴリだけ汎用の舞台にするとしている。EC企業でも「データを使った研究(ランダム化比較)」は自然に起き、Day008で入れた対照群の仕組みと Day011の12/3の件を引き継げるので、ノヴァストアのまま続けた。代償は「研究開発」の題材がデータ研究に偏ることで、材料・製品の研究計画(予算の大きい設備、長い期間)は扱っていない
  • 題材を「全会員の配信回数を週4通→週2通に減らす研究」にする案 — 最初はこれで組み立てた。しかし計算すると、回数を減らして配信停止が減る利益(年約4,300万円と置いた〔仮定〕)と釣り合う許容の差は購入者率で約0.11ptで、それを見分けるには1群約190万人が必要になり、会員96万人では実施できなかった〔導出〕。研究として成り立たない題材で「良い研究計画書」を書くと、読み手に誤った型を教えるので、休眠会員に絞った。この「成り立たない」経験は、BestのA案(0.1pt は人数が足りず実施できない)の形で本文に残した
  • 主な指標を「12週間の売上額」にする案 — CFOには売上額の方が分かりやすい。しかし1人あたりの売上額は購入しない人(0円)と大きく買う人でばらつきが大きく、同じ人数で見分けられる差が購入者率よりずっと粗くなる。購入者率を主にし、金額は「購入者率×1人あたり購入額7,800円」で換算して示した。売上額は参考の指標として報告書で見せる
  • ばらつきを減らす手法(CUPED: 実験前の購入データで補正する方法。Microsoft の Deng ほか 2013年)を入れる案 — 人数を減らせる(リスクを下げられる)利点はあるが、経営層向けの計画書の本体に入れると説明が増える。60分版の分析計画書(Lv1向け)で扱う話題として本文には入れなかった
  • 中間での見方を統計的に厳密にする案(O'Brien-Fleming 型の逐次検定) — 6週時点の中間は「害がはっきりしたら中止」のためだけに置き、閾値を −0.5pt と大きく取った。良い結果で早く終える判断はしないので、最終判定の誤りの確率への影響は小さいとみなした。厳密には分析計画書で逐次検定の方法を決めるべきで、これは扱っていない
  • Best を Better と同じ長さに収める案 — 選択肢A/B/Cの3行を「推奨B(理由)」の1行にすれば同じ長さになる。しかし「なぜもっと厳しくできないか(A)」「なぜもっと緩くしないか(C)」を見せないと、出資者は減少幅を選べない。Best が Better より1行長く(17行)なるのを受け入れた
扱わなかった範囲
  • 研究倫理の審査(大学・医療の倫理委員会にあたる手続き)。今回は販促メールを送らないだけで、取引のメールは送り、会員はいつでも再開できるため、会員への不利益は小さいとして扱わなかった。会員に不利益が出うる実験(価格を変える、など)では必要になる
  • 個人情報保護法・特定電子メール法の観点。送らないことは法令上の問題を生まないとして扱わなかった(法的な確認はしていない)
  • 12週間より先の長期の影響の測り方(止めた群の一部を長く止め続ける「長期の対照群」など)
  • 報告率の0.58(休眠会員の割合)が、報告者を特定できない分(残り)でも同じだという前提の検証。Best全文の約0.15%は、この前提に立った見込みである
数字と概念の出所
  • 本文の会社・人物・日付・金額はすべて架空の設定。〔実測〕はシナリオ内の実績値(報告率0.24%・休眠会員33万人・報告の58%・購入者率2.9%・1人あたり購入額7,800円・メールの増分売上 月約2,400万円)、〔導出〕は計算値、〔仮定〕は置いた値(配信費1通0.1円、回数削減案の利益 年約4,300万円)
  • 計算は作成時に Python で行った〔導出〕: 1群の必要人数(購入者率2.9%、片側2.5%、検出力80%)は 0.1pt で442,033人、0.2ptで110,508人、0.3ptで49,115人。1群12万人・0.2ptの検出力は83.1%。売上のリスク 12万人×0.2%×7,800円=187.2万円。全休眠に広げた年の減少 33万人×0.2%×7,800円×52/12=2,230.8万円(0.3ptで3,346万円)。報告率 0.24%×0.42÷0.66=0.153%。配信費 12万人×4通×12週=576万通×0.1円=57.6万円。6週時点の中止で失う売上の上限「約230万円」は、6週間で差−0.5ptが続いた場合の概算(12万人×0.5%×7,800円÷2≒234万円)で、12週間の購入者率を6週間分に半分にした粗い近似
  • 日付の曜日(2028/2/7月・2/14月・2/24木・3/6月・4/17月・5/28日・6/8木)は作成時に計算して確認した
  • Google の送信者ガイドライン(迷惑メール報告率を0.1%未満に保ち、0.3%に達しないこと。0.3%を超えている間は救済の対象外): Gmail Help「Email sender guidelines」 https://support.google.com/a/answer/81126 と FAQ https://support.google.com/a/answer/14229414 (2026-09-28に検索結果の要約で確認。本文は未読)
  • Apple のメールのプライバシー保護(Mail Privacy Protection。2021年9月の iOS 15 から。画像を先に読み込むため開封が水増しされる): Litmus「Apple's Mail Privacy Protection Is Here」 https://www.litmus.com/blog/apple-mail-privacy-protection-for-marketers ほか(2026-09-28に検索結果の要約で確認。本文は未読)
  • HARKing: Kerr, N. L. (1998). HARKing: Hypothesizing After the Results are Known. Personality and Social Psychology Review, 2(3), 196–217. https://journals.sagepub.com/doi/10.1207/s15327957pspr0203_4 (2026-09-28に検索結果の要約で確認。本文は未読)
  • 非劣性マージンは事前に決め、臨床的・統計的な根拠で正当化する: ICH E10「Choice of Control Group in Clinical Trials」 https://www.ema.europa.eu/en/documents/scientific-guideline/ich-e-10-choice-control-group-clinical-trials-step-5_en.pdf 、EMA「Guideline on the choice of the non-inferiority margin」 https://www.ema.europa.eu/en/documents/scientific-guideline/guideline-choice-non-inferiority-margin_en.pdf (2026-09-28に検索結果の要約で確認。本文は未読)
  • CUPED(Deng, Xu, Kohavi, Walker, 2013, WSDM)と O'Brien-Fleming 型の逐次検定は、今回は出典のページを確認していない(記憶による記述)。本文には入れず、この設計メモで他案として触れるだけにした
  • 分量(行数)は、各コードブロックの行数を作成後にスクリプトで数えた実測値

自己評価(やった後に記入)